20-5.「君の妹が好きなんだ」
文字数 1,039文字
凍りついた笑顔で美登利が訊いてきた。
気に入らない人間を追い払うときに見せる、怒りを隠した完璧な笑顔。巽に向けたことなど今までなかったのに。
手にしているのは彼の鞄から出てきた手紙だ。
「もう読んだ?」
首を横に振る兄に妹はそれを突き出す。
「読んで、今すぐ」
きらきらしたシールで封をされた封筒を開き便箋を取り出す。
予想通りの内容だ。読み終わるのにたいして時間はかからない。
便箋を封筒に戻す。
再び美登利が手に取って、きれいにゆっくり、それを破った。
丁寧に丁寧に、きれいに細かく破っていく。
「こんなこと、今までなかったのに」
それはそうだ。幼い頃から皆が互いをよく知っている西城でならこんなことは起こらなかった。
知らないからできる大胆不敵な行い。
紙くずをゴミ箱に捨てて、美登利は細く長く息を吐き出した。
「お兄ちゃん!」
数日後の下校途中、駅前でいきなり後ろから抱き着かれた。
「……なんでここにいる」
「一緒に帰ろうと思って」
「遠回りだろう」
「いいじゃん、べつに」
にこにこと悪意のない顔で兄を見上げてくる。
一緒に歩いていた級友が驚いているのに気がついて紹介した。
「ごめんよ、これ妹」
「ああ、うん」
はっとした表情で彼は口元に笑みを浮かべた。
「小学生?」
「西城の五年生」
「コンニチハ」
「こんにちは」
笑顔で応じる友人になぜだか美登利は警戒の眼差しを向けていた。
何度か会ううちに薄れていきはしたけれど、美登利はいつも彼に対して身構える様子を見せる。
「あの人と仲良しなの?」
「気がついたら一緒にいるんだよ、彼」
「性格悪くない?」
「どうだろう、考えたことないな」
難しい顔をしている妹の口に丸めたばかりのトリュフを入れてやる。途端に顔がほころんだ。
季節が巡ってまた桜が咲いて、夏がすぎ、秋が来て、やっと小学部を卒業できると美登利が喜んでいた頃、唐突に、友人が打ち明けてきた。
「僕さ、君の妹が好きなんだ」
動揺した。だが考えるより先に顔には笑顔が張り付いていた。
「そう、それで?」
「だからどうってわけじゃないけど、君には言っておこうと思って」
「うん、聞いたよ。それで?」
「今のところはそれだけかな」
「そう、わかったよ」
予想はしていた、覚悟もしていた。だけどそんな覚悟など全然足りていなかった。
一ノ瀬誠をはじめとする幼馴染たちだけではない。こうやって、次々に男たちは現れる。
この先きっと何人も、何人も。巽が持たない権利を行使する。世界が変わっていく。