27-7.見えなくなった
文字数 987文字
放送席前で船岡和美がきょきょろしている。
「おれ、捜してきま……」
「駄目だ」
言いかけた正人を誠が遮る。
誠は和美に言った。
「澤村くんを呼んできてくれる」
「なんで」
くちびるを尖らせる和美に常にはない真摯な様子で誠は頼んだ。
「頼むよ」
「……」
和美は黙って音楽部の集団の方へ走る。
正人は誠を見る。視線に気づいているだろうに誠はそれを無視して手で口元を覆った。
「みどちゃん」
グランドピアノの足下で蹲っている美登利に澤村はそっと呼びかける。
「私、どんな顔してる?」
澤村は美登利の前に膝をつく。
「笑わなきゃって頑張ったの。泣いたら駄目だって我慢したの。ちゃんと、できてたかなあ?」
「大丈夫。みどちゃんは笑ってるよ。ちゃんと笑ってる」
「……」
「だからね、もういいんだよ。ここには僕しかいないから。我慢しなくていいんだよ」
微笑みの形に凍りついたようになっている頬を手のひらで包み込む。冷たい頬を温めたくて、何度も撫でる。
「大丈夫だよ。泣いていいんだよ」
「うん」
震えるくちびるが引き結ばれて、目から大粒の涙がこぼれだした。
「頑張ったね。もう大丈夫だよ」
「うん……」
嗚咽が漏れて、肩が震えた。
床に突っ伏して泣き始めた彼女の髪を撫でる。
大好きな人が泣いているのを見るのはつらい。泣かないで。本当は言いたい。
だけど自分の役割は彼女を泣かせてあげることだから。澤村は、黙って髪を撫で続けた。
「なんで澤村くんなのさ」
芸術館のエントランスで階段の腰壁にもたれて和美がもらす。
「俺じゃダメなんだ」
美登利は誠の前では泣かない。
「だから、なんで澤村くんなのさ」
「なにも知らないのにわかったふうに慰めてやる芸当なんか、俺にはとてもとても……」
「いい加減にしろっ」
言い捨てて和美は芸術館を出ていく。
誠は小さく笑って階段に腰を下ろした。
澤村祐也は巽に似ている。優しく寛容な微笑みも、どこまでも柔らかな物腰も、誠には真似のできないものだ。
キスしてもらえるのも体に触れるのも自分だけ。
もちろんそれだって誰にも譲るつもりはないけれど、心は、見えなくなった。
『なにも聞かないから一緒に帰ろう』
あのとき、自分で考え抜いた最善の道。
なにも知らないから。大丈夫、責めたりしないから。
『一緒に帰ろう』
『うん』
泣きながら頷いた。あれが、彼女の泣き顔を見た最後……。