21-3.誰も知らないではないか

文字数 963文字

 押し合っていると横から伸びた手がせんべいの袋を取り上げた。
 ゆうに五枚ほどを一気にかじって正人は口に入れる。

「え……」
「ちょっとっ」
 ごほごほとむせる正人を慌てて美登利が水飲み場へ連れていく。
 和美が自販機に走った。

「なんだ、ありゃ」
 呆然とその様を見ていた宮前だったが、目を鋭くして拓己を見返った。
「おい。あいつまさか」
「まだ、わかりません」
 渋い顔で拓己が言葉を濁す。

 宮前はかまわず強く言い切った。
「やめさせろよ、絶対に。おまえ友だちだろう」
 拓己はため息をついてペットボトルの水をあおっている正人を見やった。




「そんなことがあったんですか」
「うん」
 後から合流した坂野今日子に先ほどの出来事を説明して、船岡和美は足を組んでため息をついた。

「まさか。まさかねえ」
「どうでもいいじゃないですか。そうだったとして、池崎くんが叩き潰されるだけの話ですよ」
「だからさ、心配とかしてあげようよ」

 カップを持ち上げながらにっこりする今日子に和美はぼそっと漏らす。
「そうすると、不思議な気もするんだよね」
 口元に手をあてて和美は首を傾げた。
「澤村くんはなんで無事なんだろう」
「そりゃあ、幼馴染ですし」
「西城の高田はけちょんけちょんなのに?」
「それは……」
 言いにくそうに眉を寄せた今日子に和美はにっこりした。
「結局、あの人の気持ちひとつってことか」

 美登利はさっきからショーケースに並ぶケーキを物色している。
 真剣な表情。そこで「あれ?」と和美は思う。
 彼女がなにをどう思っているのかなんて、とどのつまり誰も知らないではないか。

「お待たせ」
 ケーキを四つ選んで美登利が戻ってきた。
「お返しなのに私が選んでよかったの?」
「いいんですよ。ご一緒できるだけで嬉しいのですから」
 本当に坂野今日子は徹底している。女同士だからと見逃されていることを、とことん利用しているのだ。
 いや、男だったならそれはそれで、
「いい戦いだったかも」
 和美のつぶやきにふたりが顔を上げる。

 なんでもない、と手を振って和美はコーヒーを飲む。
「美登利さんてロマンチストだよね」
 言われた本人は紅茶を吹きそうになって慌ててカップを置いた。
「え、なんで?」
「綺麗なものが好きでしょう?」
「それはロマンチストとは違うかな」
 ゆっくりと紅茶を飲みなおしてから美登利は言った。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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