11-5.素直な気持ち
文字数 990文字
「だって池崎くんは……」
「だからそれ、違うと思うよ。綾香ちゃん考えすぎだよ」
「だって……」
「だってもなにも、中川先輩だよ? 本気で好きになる人なんてそうそういないよ。いたらスーパーマンだよ」
「……」
「池崎くん負けず嫌いなだけなんだよ。それで意識しちゃってるだけだよ」
「そうかなぁ。でも、じゃあ、なんでなにも言ってくれなかったんだろう」
「そりゃ、びっくりしたからじゃない? 池崎くん免疫なさそうだもん」
「うん……」
「明日さ、ちゃんと聞いてごらんよ。ね?」
「やだ。絶対振られる」
わっとまた突っ伏してしまった綾香に恵は苦笑いするしかない。
「おーい、綾香ちゃん。わたしの本気の予想を言うとね」
綾香がぴくりと目を上げる。
「池崎くんは、わからないって言うと思うよ」
「……」
「だからここで先に進めるかどうかは、綾香ちゃん次第だと思う」
「でもそれじゃあ、佐伯先輩のときと……」
「違うよ」
恵はきっぱり言い切る。
「佐伯先輩と池崎くんは全然違う。怖がっちゃダメだよ」
「うん」
「池崎くんは大丈夫だよ。絶対綾香ちゃんのこと好きになるよ。綾香ちゃんが頑張れば」
「うん……」
「今度は全力で応援する」
「うん」
力強く言い募る恵の勢いに押されて綾香はこくこく頷いた。
翌日の昼休み、恵が正人を調理室に呼び出してくれた。
固い表情で正人は、告白にはとても驚いたこと、自分には好きな人はいないし誰かと付き合おうとか考えたこともないこと、綾香のことをそんなふうには思ったことはない、などということを問われるままに率直にぽつぽつと語った。
まるで質疑応答だ。なんだか可笑しくなってしまって、それで肩の力を抜いて話すことができた。
今はまだ好きじゃなくてもいいから、付き合ってほしい。綾香が言うと、正人は難しい顔で黙り込んだ。
「わたしのこと嫌い?」
「嫌いじゃない」
「それなら隣にいてもいい?」
今はただ、その許しが得られればいい。先の約束なんていらないから。
「うん。それなら」
ホッとして綾香はようやく笑うことができた。
「ありがとう」
今はただ、素直な気持ちを伝えるだけで。曲解や誤解もなく受け止めてくれる彼に対してなら。素直に。ただ優しく、正直に。
綾香は心から言う。
「うれしい。ありがとう」
「うん……」
正人は恥ずかしそうに頬をかいた。