21-4.ロマンチスト

文字数 981文字

「むしろ写実主義だよね、現実に存在するものが好きなんだもん。……ロマンチストな人っていうのは空想したり夢想したり、夢見がちな人?」
「ああ、そうか」

「ロマンチストといえば小宮山さんじゃないですか?」
「確かに。あのチューリップの話は引いた」
「私は和美さんだって十分ロマンチストだと思うよ」
「あたし?」
「理想があって、いつもそのために努力してるでしょう」

「そんなの、美登利さんだって」
「私は違う。現実的に予測して、実際に起こったことに対して処理するだけ」
「むしろリアリストですね」
 坂野今日子がすまして言う。和美ははっと思い出した。

「それが覚悟を決めるってこと?」
 美登利は黙って笑う。モナリザの微笑みたいだと和美は思う。
笑っているように見えても笑ってなどいないのかも知れない。
 決して真実を見せない完璧な隠ぺい。それがあの微笑なのだとしたら……。

 そんなことを考えてしまった自分に和美は失笑する。
「確かに。あたしって大したロマンチストかも」
 現実は、いつだって冒険だ……。


     *     *     *


 さんざん遊んで動き回って、帰りのバスに乗り込んですぐに拓己と須藤恵は寝入ってしまった。

「ジェットコースター全部乗れてよかったね」
 小さな声で綾香が話す。
「うん。おもしろかった」
 正人は少し眠いな、と思いながら返事をする。
「……観覧車、乗らなくてよかったのか?」
「うん。ははは、まだちょっと、心の準備が……」
 よくわからない。

「また行こうね。みんなで」
「うん……」
 綾香がそっと手をつないでくる。そのぬくもりが、眠気を助長する。
「観覧車……委員長が、恥ずかしいって言ってた……なんでかな……」
 ぐっと綾香の手に力がこもった。びっくりして正人は意識を取り戻す。
「中川先輩、誰と乗ったのかな」
「誰って……」



(そんなの、気にするようなことでもないし)
 河原の水面を眺めていたら城山夫人に声をかけられた。
「池崎くん。桜餅食べない?」

 並んで座って桜餅を食べた。
「もう春ねえ。日差しがあたたかい」
「そうっすね」
「彼女とはうまくいってる? バレンタインに何かもらってるとこ見ちゃったよ」
 いたずらっぽい顔で聞いてくる城山夫人にどう答えるか一瞬悩む。そして正直な気持ちを口にした。

「わからない、です」
 城山夫人は屈んだ姿勢で下から正人をすくい上げるような眼差しで観察した。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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