3-4.悪魔の方が天使よりも美しいのかもしれない

文字数 1,093文字




 夢を見ていた。子どもの頃の夢だ。

 昔昔、自分の家の近所に天使がいた。
 愛らしいとしか言いようのないその外見。仕草。行儀の良さ。大人も子どもも夢中になって彼女を褒めたたえた。

 しかし言葉を覚えていくのと比例して、天使は徐々に本性を現し始めた。
 口を開けば辛辣に相手をけなし、気に入らない人間には氷点下の一瞥。美貌な故に恐ろしさも倍増する。

 悪魔の方が天使よりも美しいのかもしれない。子ども心にそう思い知った頃、とあるつわものが彼女に言った。

『ねえ、みどちゃん。ぼくとケッコンしなよ。ぼくんちお金持ちだから』
『ええ? いやだ。わたしはお兄ちゃんとけっこんするんだから』
 もろに氷の眼差しを浴びながら、彼はそれでも怯まなかった。
『ばかだなあ。おにいさんとはケッコンできないんだよ。だからぼくと……』

 みなまで聞かず、彼女はくるっと誠の方を見返った。
『ほんとう? お兄ちゃんとけっこんできない?』
『うん』
 不安そうに歪む瞳に吸い込まれそうになりながら誠は頷く。

『ほらね。だからみどちゃん、ぼくと……』
『それならまことちゃんとする』
 ぎゅうっと誠の体にしがみつき、彼女は高らかに宣言した。
『まことちゃんとけっこんする! あんたとはしない、あっちいけ!』


 
「あ、起きた」
「暑い」
「お馬鹿さん。こんな窓もないとこで寝入って」
 冷たいペットボトルを頬にあてられ、ようやく意識がしっかりしてくる。

 図書館奥の閉架書庫。静かな場所を求めてここまで入り込み、すっかり熟睡していたようだ。

「夢を見たな……。子どもの頃の。高田が出てきた」
「それ、虫の知らせなんじゃない?」
 夢で垣間見たように美登利の表情が冷たくなる。
「来るんですって、高田」

 誠はようやく体を起こす。
「それじゃあ、行かなきゃだな」
 襟元を整えネクタイを締め直す。
「しっかりね」
 額の髪をかき上げ美登利がハンカチで汗を拭く。
「私は澤村くんのリサイタルに行くから」
 優しいことをしてくれると思ったらこれだ。指で彼の髪を整えている彼女の手を握る。

「……ほら。しっかり」
 美登利はその手を握り返して誠の腕を引っ張った。
 手をつないだまま書庫を出て、図書館の出入り口に向かう。防音防火を兼ねた重い扉を開けたとき、ちょうど放送が聞こえてきた。

『ただいま一時になりました。放送部、船岡和美の突撃レポート、いよいよ午後の部です! 現在私は、未だに長蛇の列が途切れない「大正レトロカフェ」の前に来ています。校門前は新たに来場してくるお客様で賑わっておりますが、なんとここで! サプライズ! 我が青陵の好敵手、西城学園高等部の高田生徒会長が来場してくれています』
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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