12-6.胸が痛かった

文字数 886文字

 美登利はおもしろそうに笑う。
「花言葉知ってる?」
「知るわけないだろ」
「困難に打ち勝つ」
 なるほど。好きそうな言葉だ。

 思ったとき正人の携帯の着信音が鳴った。拓己からのメールだ。昇降口で待っているらしい。
「じゃあ、帰ります」
「さよなら」
 手を上げた美登利は思い出したように付け足した。
「お付き合いおめでとう」

「なんで……」
 廊下に一歩踏み出していた正人だったが引き返して美登利に訊いた。
「なんで付き合い始めたからっておめでとうなんだ。結婚したわけでもないのに」
 まわりから口々に言われて、まるで外堀を埋められているようで、ついていけない。

「これは単に、よかったねってくらいの意味合いで」
 正人の深刻な顔の方にこそ驚いた様子で美登利は眉をひそめる。
「それに小暮さんは佐伯先輩にひどい目にあわされてるし、片棒担いだの私だし」
(あ……)
「よかったなって思って。拓己くんも須藤さんも楽しそうで」
 美登利は微笑んで目を伏せる。
「うん。楽しそう。よかったね」
「……」

 いつまでも動かない正人を美登利が不思議そうに促した。
「待ってるんでしょう、早く行ったら」
「はい」
 今度こそ速足に昇降口に向かう。
 わけもなく胸が痛くて正人は眉を寄せる。

「待ちくたびれたぞ」
 拓己と綾香と恵が待っていた。
「へへ。これもらった」
 拓己がラッピング袋に入ったクッキーを正人に見せる。

「はい、池崎くんのぶん」
 綾香が同じものを正人に差し出す。拓己のとは少し違ってピンク色のリボンが結んである。
「ありがとう」
 うん、と頷いて綾香は歩き始める。

「あのさ。花言葉、教えてもらった」
 正人が話しかけると、拓己から既に話を聞いていたのか綾香はくすっと笑った。
「わたしがあのときバラの花ばかり見てたからだよね」
「そうなのかな」
「黄色がいいと思って選んでくれたんでしょう? わたしは気にしてないよ」
 けなげに笑ってくれる彼女をかわいいと思う。だけどやっぱり少しだけ、胸が痛かった。



 この後始まった選挙戦は正人たち一年の想像をはるかに超えて熾烈を極め、そして思い知ることになった。三大巨頭の、とりわけ中川美登利の恐ろしさを。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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