40-3.「我慢するからだ」
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半年ぶりに触れた肌は甘く懐かしく、それだけで頭がくらくらした。
「やせたな」
「そう?」
「うん」
もっとふっくらしてもいいのに、胸が減らなくて良かったけれど、思いながらしつこくお腹を撫でていたら手の甲をつねられた。
頬に冷たい指の感触、瞳が間近で揺れて、キスがくる。
そこでやせた体を気遣う気持ちはきれいに消し飛んだ。むしろいつもより性急に求め始めてしまう。
重ねたくちびるの合間から吐息がもれて、身じろぎしながら肩に縋りついてくるその手が既に熱い。
我慢するからだよ。いつだって彼女はそう、我慢して我慢して、爆発させる。傍迷惑なことに。
こういうときのそれはかわいくて大好きだけど。知っているのは自分だけ。
「もっと」
そうだよ、もっと。すべてが見たい、すべて知りたい。
小さな頭を抱き込みながら、彼は思う。この中はどうなってるの? なにを思ってるの。自分を見てる? ちゃんと見てる?
本当は、全部を知らなきゃ気がすまない。意味がない。全部が欲しい、もっともっともっと。
なにが出てきても今更驚かない、嫌ったりしない、逃げたりしない。
晒して、暴いて。生きてきて感じたすべてを教えてほしい。
息絶える、そのときには。
* * *
「じゃあ、美登利さんは見送りに行かないの?」
小宮山唯子に尋ねられて美登利はカウンターの中から答えた。
「うん」
「えええ。私なんて下宿までついて行ってチェックしてこようと思ってるのに」
「チェック?」
「いろいろだよ」
わかってなさそうな美登利の顔にぷぷっと笑いながら船岡和美が言う。
「杉原くんじゃそんな心配ないだろうに」
「そんなことないよ、あんなに優しいんだもん。きっとモテモテだよ。心配だよ」
のろけなのか愚痴なのかはっきりしてほしい。
「和美ちゃんはどうなの。心配じゃない」
「心配は心配だけど、まずは自分が自律しないと、と思うわけですよ。やることやりもしないであんなに頑張ってる人に色恋でぎゃいぎゃい言うのは申し訳ない。脱依存ですよ」
「自由・自主・自尊ですね」
坂野今日子がやさしく笑う。
「えらいなあ、私の自律の精神は受験期間で使い果たしたよ」
「いいんじゃないの、ひとそれぞれで」
「そういうこと」
「美登利さん、また来ていい?」
「もちろん」
「じゃあ、今日はもう行くね」
「うちらも」
「また来てね」
三人が出ていくと店内はしんと静かになった。志岐琢磨はいない。