22-1.タケノコ堀

文字数 1,033文字

「池崎くん。この長靴を使ってね」
 朝食の後、森村拓己の母が持ってきた黒い長靴を見て池崎正人は首を傾げる。
(長靴?)
「タオル巻いてった方がいいぞ、汗かくからな」
(汗?)
「鍬はおじいちゃんが庭に出してくれてたから間違えないでよ」
「刃の長いヤツでしょ、見てわかるかな」
(鍬?)
「よし。行くぞ、池崎」
「どこに?」

 竹林だった。
 ということは、これから行うのはあの重労働と名高い……。

「おっせーよ」
 竹林の中から怒鳴られた。
「おらおら、さっさと掘りやがれ」
 宮前仁だった。一ノ瀬誠まで来ている。
「いいか、タケノコ堀は奴らとの競争だ。そしてこの山を守る戦いだ。根性入れろよ」
「奴ら?」
「イノシシだよ。頭出てるか出てないかのまで掘り返すからさ、とにかくこっちが先に掘りつくさないと」

「競争するか? 午前中誰がいちばん数掘れるか」
「余計なことしないで丁寧にやれ。売り物にならなくなったら怒られる」
「女将さん怖いからな」
 宮前は肩を竦めて作業に戻った。

 正人も拓己にコツを教わりながら始めた。
 聞きしに勝る重労働。タケノコを探して斜面を歩き回るのも大変、傷つけないよう神経を使いながら地面を掘るのも大変、方向を見極め掘り起こすのも大変。

 それでもどんどん収穫できるから、だんだんおもしろくなってきた。
 園芸部の手伝いをしていたときにも思ったが意外と自分にはこういう作業が向いている。
 気がつけばすっかり日が高くなっていた。

「おーい、袋持ってきたよ」
「運んだら昼休憩にしよう」
 中川美登利と淳史がやって来て、皆で袋に詰めたタケノコを拓己の家まで運ぶ。これがまた重労働。
 おかげで昼食のおにぎりがやけに美味しかった。

「これ、おまえが握ったんじゃないよな」
「残念ながら」
「おまえの作ったものなんざ二度と口に入れないからな」
「五年に一度あるかないかの僥倖だから安心しなよ」
「自分で言うな。つうか五年たったら喉元すぎればでオレがまた食うと思ってんだろ」
「うん」

 宮前と美登利が言い合いを始めると誠はいつも黙る。不思議な三人だ。
 ――一ノ瀬さんなんかちょっと突き放した感じがするけど。
 拓己はそんなふうに言っていたけれど。

「午後は私も手伝う」
「おまえがやるのは見つけるまでだろ」
「踏み踏み要員を馬鹿にしない方がいいよ」
 その通りだった。
 落ち葉で隠れていて見つけるのも一苦労だったタケノコの頭を美登利が次々に発見していく。
 密集しているのを隙間を掘っておいてくれるから格段に作業の能率が上がった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み