13-4.むしろそれが欲しかった

文字数 937文字

「夜タクマさんとこ集まるか?」
「私パス。次の日あさイチで出るから」
「バイト? 行くのクリスマスすぎてからだったじゃん」

 誠が皮を剥いたみかんを横から取りながら美登利はため息をつく。

「今年はさー、二十三日から予約でいっぱいだって。最近のカップルはクリスマスに温泉宿に泊まるんだね」
「気ぃ使うもんなのか?」

 誠が皮を剥いたみかんを取って宮前が訊く。

「気を使わないように気を使いつつ、気を回すってかんじ? ちなみにそれができないのが淳史くん」
「あー、あの人そんなタイプ」
「で、夕飯のときにクリスマスケーキを頼まれちゃったりするわけよ。お客に急に言われたりしたらケーキ屋巡りで大騒ぎだよ」

 美登利がまたみかんを取る。
「そのうち厨房でケーキ焼け、とか伯母さんが言い出しそうで怖い」
 宮前もみかんを取る。
「旅館経営も大変だなあ」

 ふたりでみかんを食べ続けていたら、怒った誠にべしっと皮を投げつけられた。




 二学期最後の日はやっぱり学校全体が浮足立っているようで、
「眠い」
 いつもと変わらない態度の正人がいらぬ反感を買わずにすんだことを当の本人は知らない。

 帰り道、河原の芝生の東屋で拓己と綾香と恵が正人を待ち伏せしていた。
「帰り道反対だろ」
「待ってたんだよ。クリスマスの話したくて」
「学校じゃ、話しにくくてさ。時間もなかったし」
「いいけど」
 座って輪の中に入りながら正人はあくびをする。
「寒いから早く決めよう」
 三人は情報誌をめくりながら話し始める。正人は黙ってそれを聞いていた。




「寒いなあ」
 公園前でバスを降りて美登利は白い息を吐き出す。辺りはもう暗いから余計に寒々しい。
「宮前と一緒に行けばよかったのに」
「いや、疲れた」
 誠は短く答える。バス停からすぐの角がふたりの別れる場所だ。

「良いお年を、だね」
「うん」
 頷いて誠は小さな包みを取り出す。
「プレゼント」
 赤と緑の小さなリボンがついている。
「ありがとう」
 開けてみる。蝶のかんざしだ。アクリルの光沢で青にも緑にも紫色にも見える大きな羽。
「きれいだね。大事にする」

 包みをしまって彼女は泣き笑いのような表情を見せた。
「お返しがないから、キスしてあげようか」
「うん」
 むしろそれが欲しかった。
 身を屈める彼の頬に彼女の冷たい指が触れた。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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