8-2.「珍しいよね」

文字数 1,096文字




 一日目の夜。入浴を終えたクラスから自由時間となっていて、澤村祐也は飲み物を買いに自販機コーナーに向かった。
 ベンチの隅に中川美登利を見つけて嬉しくなる。お茶の缶を持って掲示板のポスターをぼんやり眺めている。

 声をかけようとしたが向こうから一ノ瀬誠が来て彼女の隣に座ったので、澤村は慌てて体を引っ込めた。

 かち合わなくてよかった。ほっとしていると横から誰かがペットボトルの水を差し出した。
「よかったらとうぞ」
 船岡和美だった。自分の分もあるから、と仕草で示している。
「ありがとう」
 なぜかそのまま物陰でふたりで水を飲んだ。

「人前で一ノ瀬くんが美登利さんにくっついてるの珍しいよね」
「うん」
「一部おかしなテンションになるのもいるからな。ガードのつもり?」
「誠くんの方でも風よけがほしいのかも」
「それだ」
 和美は空を仰ぐ。

「なにやってんですかー。こそこそと」
「びっくりするから、やめてよ坂野っち」
 不意に現れたと思ったら坂野今日子は剣呑な目をする。美登利と誠に気づいたからだ。
 なんの躊躇もしないでふたりに近づき反対側の美登利の隣に腰を下ろす。
「うわあ。坂野っち、さすが」

 和美が感心しているとわっと遊戯室の方から歓声が上った。
「てめ、安西このやろう」
 漏れ聞こえてくるのはどうやら白石渉の声だ。懲りもせずに安西史弘と卓球をしているらしい。
「行ってみる?」
 和美に誘われ澤村は「うん」と頷いた。




 翌日の放課後、正人ら中央委員会の一年たちは、園芸部を手伝って屋上で作業するため北校舎の階段を上がっていった。
 ペントハウス内の暗がりに人がいるのに気づく。三年の佐伯裕二だった。
「早く開けてくれない」

 鍵を持っていた拓己が慌てて出入り口の扉を開く。
 屋上はまだ作業中で関係者しか立ち入らないはずだが、佐伯は慣れた様子で梯子を上りペントハウスの上へ姿を消した。

「佐伯先輩はいいよって、部長が。時々お手伝いしてくれたりするし」
「そうなの?」
 園芸部の女子に言われて拓己はますます戸惑う。
「重いもの運んでくれたりするんだよ」
「なんか変わったね、あの人。丸くなったっていうか」
 もともと正人は佐伯をよく知らないから返事のしようがない。

 今日は耐根シートの上に排水マットを敷き詰める作業をする。
 花壇や芝生になる場所にはピンコロで縁取りがしてあるので大分完成図が見えてきていた。モルタルで固定した内側にマットを敷いていく。

「部長たちが帰ってきたら土の搬入だよ」
「やっと苗を選べるね。みんなで選びに行くから楽しみなんだ」

 作業中見上げてみると、佐伯裕二は単語帳を繰りながら時々ぼんやりと雲をながめているようだった。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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