26-9.まだ出てこなくて

文字数 950文字

「言うことをききなさい、池崎くん」
「ダメだ」
「なんですって?」
 すうっと美登利が目を眇める。あの得体の知れない威圧感。
 じっとりと正人の額に汗がにじむ。

 そのときセレクトメンバーの少年が正人の手を振り切った。
 緩んだロープを解いて、あろうことか美登利に向かって殴りかかる。
 右ストレートは難なくかわされた。
 そのまま少年の手首を掴んで美登利は背後に回る。もう片方の手で相手の肩を押さえ掴んだ腕をねじり上げた。
 少年が悲鳴を上げる。

「おりこうさん。そっちから来てくれるなんて」
 笑みすら含んでささやいた声音に、正人の背筋にも震えが走る。
「さあ、教えて。金指の目的はなに? わざわざ髪を染めてまでうちに侵入したのはどうして?」
「し、しらない……」
 ぎりっと腕をねじり上げられてまた悲鳴を上げる。
「知らないじゃないでしょう? これまでとやり口が違うのはなぜ? どうしてうちにそこまでするの?」
「だから、知らないって……」

 ぐっと美登利が更に力を込めようとするのを見て取って、正人の金縛りがようやく解けた。
「やめろ!」
 ダメだ、そんなことしたらダメだ。
 彼女がそんなことをするのを見たくない。
「バカ!」
 美登利の肩を掴み、ぺちんとその頬を叩いていた。


『緊急事態発生。暴走族の一人が校内に侵入しています。制服のズボンに黒いTシャツの男子です。一人で行動せずに顔見知り同士で固まってください。危機管理委員会が捜索を開始しています。何か気づいたことがありましたら赤い腕章の委員にお知らせください。大丈夫、むやみに怖がることもないよ。落ち着いて、でも用心して作業を進めてね。女子はなるべく男子のそばにいて。男子諸君は、今こそ男を見せるときだよ、気になる子を守ってあげてよ。以上』


 船岡和美の放送が途切れると、再び沈黙が訪れた。
 美登利に手を放された少年は地面に這いつくばってまだうめいている。

「どうして、あんたは、いつもいつも、こんなことばかり」
 うまく言葉が出てこない。伝えたい大切なことはもっと他にある。
 だけどそれは、正人の中からまだ出てこなくて。

「だって……」
 そろそろと手で顔を覆って、美登利は声を絞り出した。
「文化祭を邪魔しようとするやつなんか、許せない。そんなこと、絶対、させない。許さない、許さない」
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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