22-7.「覚えてる?」
文字数 1,034文字
「さあて、今日は観光だ! 淳史さんよろしく」
「はいはい。どこでも連れてってあげるよ」
宮前の意味のない叫びに返事をする淳史は本当にいい人だ。
クルマの準備をしていると女将の声が玄関から聞こえてきた。淳史に向かって写真がどうの、幸絵にどうのと大声で言っている。
「レースのスカートなんて久しぶりで破っちゃいそう」
「大丈夫、大丈夫」
紗綾と同じような白いワンピースを着て美登利が表に出てきた。
「仲良し姉妹みたいだな」
「これがやりたかったのよ」
「ちょっと恥ずかしい」
「大丈夫、大丈夫」
にこにこと紗綾は美登利の手を握る。
クルマが走り出してすぐ紗綾は驚いた顔で山の斜面を指差した。
「なあに、あれ? まさか藤の花?」
「そのまさかだな」
「お姫さんは藤棚でしか知らないのか」
「確かに、それなら野生の藤にはぎょっとするよね」
「春だなあ」
お目当ての菜の花畑にたどり着くと、紗綾ははしゃいで駆け出した。
「転ぶなよ」
綾小路が慌ててついていく。小柄な紗綾は菜の花に埋もれてしまいそうだ。
「僕、売店見てくるから」
淳史が行ってしまうと、あとの三人はぼんやりと菜の花の黄色を遠目に眺めた。
「来たことあるな、ここ」
「小学部のときね」
「前はこんなに観光地観光地してなかったぞ」
撮影スポットらしい中央のベンチから紗綾が手を振っている。四方を菜の花に囲まれて妖精みたいだ。
「写真撮ってあげよう」
何枚かシャッターを切ってから、そっちに行く。
花畑の中の舞台を気にしていた宮前がぼそぼそと言った。
「なあ、もしかしたらだけど、今日って……」
言い終わる前に歓声が上った。
モーニングコートにウェディングドレスの新郎新婦が現れたからだ。
「あ、やっぱり?」
「素敵! 菜の花畑の結婚式ね」
予期しなかったイベントに紗綾の顔が輝く。
「いいわね、高次。こういう結婚式も」
きらきらした瞳を見開いて紗綾は舞台を見守っている。
誠はそっと美登利の表情を窺う。紗綾とは真逆の水のような表情で新郎新婦を見つめている。赤の他人が結ばれ家族になる様を見つめている。
「……っ」
風が吹いて帽子が飛ばされそうになり、美登利は慌てて抑える。
またそうなる前にと思ったのか帽子を脱いで胸に抱えた。まとめた髪の間でかんざしの蝶が青く輝いているのが見えた。
視線に気づいて美登利が誠を見る。
「覚えてる?」
尋ねられたが、とっさにはなんのことだかわからない。思い出なんていくらでもありすぎる。
美登利はただ微笑んで菜の花畑に背を向けた。