23-4.すごいでしょ

文字数 980文字

 その様子を見ていた拓己の口から思わず言葉がこぼれていた。
「ぼく、本当はあいつが嫌いだ」
「え……」
 戻ってきた恵が聞きとがめてぎょっとする。

「……」
 ――だからって、自分までくだらない人間みたいになっちゃうのは、違うんじゃない?
 誰かのせいなんかじゃない、自分自身の問題。

 ふうっと息を吐いて拓己はにこりと顔を上げる。
「なんでもないよ。そろそろ部活行った方がよくない?」
「そうだね。綾香ちゃん!」

 荷物をまとめてペントハウスに向かうと、ちょうど船岡和美が出てきた。
「池崎くん、ちょっといい?」
「おれっすか?」
「うん」
 それで拓己たちは先に行ってしまった。

 和美はベンチに座らずにジャケットのポケットに手を入れてフェンス際に寄る。
 その背後に正人はなんとなく後ろで手を組んで立つ。
「あたしさ、澤村くんが好きなんだ」
 へえーと適当に相槌を打ちそうになって正人は声を飲み込む。

「でも澤村くんは美登利さんが好きで、かわいそうなくらいそーっと美登利さんを想っててさ。その人にあんなふうに無神経に告白するやつが許せなくて、暴走しちゃった」
 はは、と乾いた笑いを落として和美は正人を振り返った。

「あたしはさ、外部入学組だからあのヒトたちとはそこまで付き合い長いわけじゃないのよ」
「……」
「澤村くんには入学してすぐ一目ぼれでさ、もうすべてが好みで、好き好きって思っちゃって。告白したけど好きな人がいるからって振られて。その相手があれでしょう? もうなにも言えなかったね」

 でもさ、と和美はくちびるを尖らせる。
「様子見てたらなんともイライラもやもやしちゃって。付き合ってるわけでもないのになんであんな空気出しちゃってるのって、無責任じゃないのって。それで文句言いに行ったんだ、あたし」
 すごいでしょ、と苦く笑う。

『あのさ、あんたに言いたいことがあるんだけど』
 きょとんと和美を見上げる美登利の横で今日子がじろりと和美を睨む。
『ちょっとさ、ひどいんじゃないの? 澤村くんのこと』
『あなたなに言って……』

『うるさい。あたしはこの人に言ってるの! 何様なのホント、彼氏いるくせに自分に気のある男に思わせぶりな態度で引っ張りまわして。女王様ですか、あんたは』

 目を丸くして和美が罵るのを聞いていた美登利は開口一番こう言った。
『あなた声がとてもきれい』

「なんなの、この人って絶句だったよ」
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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