34-2.「あの人が、混乱させるから」

文字数 903文字




 なにをやるにも力が出てこない。気持ちが晴れない。なんでこんなふうになってしまったんだろう。
 念願の芝生を張ってもらった屋上庭園で正人は空を見上げる。
 まだ日差しがきついからここには誰も来ない。とにかく一人になりたかった。

 日傘を差して坂野今日子が近づいてきた。委員会を引退してから三年生と接すること自体なくなっていた。そうでなくとも今日子が一人で寄ってくるなどまずなかったことだ。

「情けをかけて、アドバイスしてあげましょう」
 言っていることとは裏腹に、相変わらず冷たい眼差しで正人を見下ろす。
「考えるな、感じろってことですよ」
 びっくりして正人は目を瞠る。

「あなたはタイプ的に安西くんと一緒なんです。直感が頼りのあなたが、船岡さんになにを吹き込まれたのか知りませんがうだうだ考え出してしまったのが、間違いなんです」
「違う。その前からおれは……」
 自分が自分らしくないことに気がついていた。胸が痛くてもやもやして、
「あの人が、混乱させるから」

「呆れた、そこまで馬鹿ですか。なにを勝手に問題をごちゃごちゃにしてるんですか」
 眉をひそめて今日子は言い切る。
「私に言わせれば、小暮さんと付き合い始めたときから、あなたは自分を見失ったんですよ」
「……」
「流されて、戸惑っているのが丸わかりでしたよ。馬鹿ですか、本当に」

「どうして今頃そんなこと言うんすか」
「教えてあげる義理なんかなかったからですよ。少し期待もしてた分がっかりでしたし」
「おれ」
「どうしたらいいのかなんて聞かないでくださいよ。あなたが決めることですから。まあ、このまま進むにしろ引き返すにしろいいことはないでしょうね」
 正人はうなだれたまま動けずにいる。

 今日子は少し迷った後もう一度口を開いた。
「忠告しておいてあげましょう。誰に助言を求めても全員が全員、このまま小暮さんといることを勧めるでしょうね。それも辛いかもしれませんが今だけです。いずれ時間が解決してくれるでしょう。あなたはきっと幸せになれます。でももし、万が一、あの人を選ぶというのなら、覚悟を決めるべきですよ。きっとその辛さは百倍千倍にもなるはずです。一ノ瀬くんを見ればわかるでしょう」
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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