4-6.「今度は間違えないから」

文字数 994文字



「じゃあ池崎も夏休み寮に残るんだ」
「実家帰っても親父とケンカばかりだかんな。ばあちゃんは早く帰ってこいって言うけど、どうせお盆には帰るんだし」
「ぼくも一緒だよ、残った方が学校来て勉強したりできるしね」
「そんなら園芸部の手伝いまたやるか?」
 片瀬がふたりに提案する。
「どんどん収穫しなきゃならないから、手伝うなら獲った野菜は持って帰っていいって部長さんが」
「いいねー。休みの間はぼくら自炊だから」

 拓己と片瀬は中央委員会室に顔を出していくという。逃れた正人は一人で校門を出た。そこでまた小暮綾香と須藤恵に会う。
「池崎くん、ひとり?」
「うん。今日はまっすぐ帰るから」
 大通りの交差点で正人は手を振る。

 信号待ちをする間、離れていく正人の後姿をじっと見ている綾香に恵が囁く。
「ねえ、綾香ちゃん。池崎くんて、かっこいいね」
 腰を屈め上目遣いに自分の顔を覗き込んでいる恵のおでこを、綾香はつんとつつく。
「今度は間違えないから」
 すうっと意識して背筋を伸ばし、綾香は青に変わった横断歩道を渡っていく。
「間違えたくないから、ゆっくり、考えることにするよ」
「池崎くんなら大丈夫だと思うな」
「そう?」
 かぶりつきで確認してくる友人に、恵はふふふと笑った。




 高台に位置する私立西城学園の威風はふもとを走る国道からも臨めるほどで、地元の住民には見慣れた光景である。
 今、その堅牢な門構えを前に、バスを降りたばかりの一ノ瀬誠と綾小路は重く息を吐いた。かつて通い慣れた学び舎ではあるものの、懐かしさはあっても親しみは既にもうない。

「行こうか」
 それこそ勝手知ったるで敷地内をどんどん進んで行く。下校途中の生徒たちが皆足を止めふたりを見送る。西城の生徒はほとんどが幼稚舎からの生え抜きだ。誠と綾小路を知らない者などいない。

 高等部への石段の途中で高田孝介が待っていた。西城学園高等部生徒会長。それこそ生粋の、頭からつま先まで西城の校風につかり切っている男だ。
「やあ、来たね」
「お出迎え感謝するよ」
 共に腰の後ろで手を組んだ姿勢のまま誠と高田は挨拶を交わす。やはり同じ姿勢の綾小路は無言のままだ。

「学内に入るのは久しぶりだろう? いい所に案内するよ。君たちの知らない場所だ」
 石段の途中から伸びる小道にいざなわれる。
 そこは昔からある理事長お気に入りのバラ園だ。命の短い夏バラが強い日差しの下で懸命に花を咲かせていた。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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