28-1.「だああああっ」
文字数 981文字
二段ベッドの上で頭を起こし携帯を見る。メールの着信があった。兄の池崎勇人からだ。ぼんやりと流し読みしそうになって正人は慌てて起き上がった。
バタバタと着替えて部屋を走り出る。その間同室の山口はピクリともせず寝入っていた。
中川美登利は午前十時ちょうどに目を覚ました。目蓋が重い。
カーテンを開けてまず鏡を覗く。
「……」
学校が休みで良かった。
着替えて一階に下りてみると母親がリビングでテレビを見ていた。
「おはよう。ご飯は?」
「自分でやる」
コップに半分オレンジジュースを入れて、冷凍庫から保冷剤を取る。
「お兄ちゃんは?」
「出かけたわよ。お昼に帰ってくるっていうから、どこにも行かないでね」
「うん」
言いつつ美登利はこっそりと家を出た。とても家になんていられない。
足早にバス停に向かった。
バスを待つ間、保冷剤を目にあてて考える。どこに行こう。
喫茶ロータスは今日も閑古鳥が鳴いていた。なにしろ客は店主の友人である池崎勇人だけであったから。
「来たな」
「よう」
「弟よ。さあ、兄ちゃんの胸に……」
「やめんか!」
「なあ琢磨。この通り弟は本当に冷たいのだ。小さな頃は本当に可愛かったのに。なんといっても……」
「だああああっ」
幼い頃の忌まわしい思い出を漏らそうとする兄に正人はすごい勢いで叫んだ。
まったくこの兄は、こんなに自分が嫌がっているのになぜあのことをへろっと他人にしゃべろうとするのか。
勇人はきょとんとしていたが正人がものすごい目で睨みつけてやると、「ああ」とこめかみを掻いてぼそっと言った。
「なんでそんなに嫌がるかなあ」
いつか絶対やってやると、正人は拳を震わせる。
「まあ、そこ座れや、正人。俺がメシ食わせてやるから」
琢磨に言われ、正人は素直にカウンターの勇人の隣に座った。
「にしたって本気な話、薄情にもほどがあるぞ。こんな近くにいるのになんでおまえは兄ちゃんたちに電話のひとつもよこさないんだ? 母さん、自分は正人に憎まれてるんだっていつも泣いてるんだぞ」
ちょっと真面目な顔つきで兄に責められ、正人は俯いて口ごもった。
「だってさ、そんな、会いに行ったりなんかできねぇよ」
「なんでだ? 家族だろ。来いよ、いつでも」