11-1.「こんなに悪知恵の働く人だっけ?」

文字数 1,038文字

 見事にバスを降りそこねた。
 バス停から森村拓己と須藤恵が目を丸くしてこっちを見上げている。
 小暮綾香は口をぱくぱくさせてそれを見送るしかない。

 一年生のみでの遠足。朝、駅の広場に集合してから班ごとに別れ出発した。
 校外活動では班行動を課せられていてもばらけてしまうのはよくあることだ。一組の池崎正人と須藤恵と、三組の森村拓己と小暮綾香が四人で行動していてもさほど目立ちはしなかった。

 指定の範囲の中から見学場所を選びレポートを書く。それが一応の課題だ。
 最寄駅から路線バスに乗り、目的地を目指したのまでは良かったのだ。それなのに。

「どうしよう。次のバス停で降りて戻らないと。この路線本数が少ないみたいだったけど大丈夫かな……」
 不安がる綾香に対して池崎正人は妙に落ち着き払っている。路線図を指差して綾香に言った。

「このまま植物園に行こう。課題の中にあったよな?」
「うん。あ、でも。クラス違うわたしと池崎くんが同じレポートじゃおかしくない?」
「おれと森村のを交換すりゃいいだろう」
「あ、そうか。じゃあ、そうメールを……」

 鞄の中をごそごそしながら綾香は「それにしても」と眉間を寄せる。
「池崎くんて、こんなに悪知恵の働く人だっけ?」
「……」
 日々の委員会活動のたまものということか。嫌よ嫌よと口では言ってもしっかり影響を受けてしまっている。

 そんなこんなで行き先を変更して綾香と正人は植物園にやって来た。
「まずは奥の温室に行くか」
「うん」
 平日の園内は極端に人が少ない。一応秋バラが見頃らしく来園者はそっちに集中しているようだった。

 温室の前が芝生の広場だったので温室内を一周した後、ふたりはそこで早めに昼食にした。
「そのお弁当どうしたの?」
「寮で作ってくれたよ。仕出し弁当みたいだろ」
 食えればいいけど、と正人は好き嫌いなくおかずをかきこむ。

「屋上庭園、もうすぐ完成するんだよね」
「うん」
「そしたら自由に屋上に行っていいんだよね」
「開放するのは昼休みと放課後かな。鍵の開け閉めは中央委員会の仕事になるらしいから当番増えるのが面倒」

 先に食べ終わった正人はごろんと芝生に寝転んで腕を伸ばした。
「ここ、気持ちいいな」
 この時期もう風は冷たかったが少し寒いという程度だ。
「屋上にも芝生があればよかったなあ。芝生を張るなら春じゃないとって却下されちまった」
「へえ」
「これからチューリップの球根を植えるって言ったかな。他にもいろいろ。春には花畑みたいになるって。女子は喜ぶんじゃないか」
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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