26-6.「準備はいいかい?」

文字数 958文字

「いいから、おまえは少し緩んどけ。般若みたいな顔になってるぞ」
 顔を上げた美登利の頬をつまんで琢磨は笑う。
「タクマさんはあいつに甘いんだ」
 宮前がこっそり正人に言う。

 チョコソースのかかったアイスクリームを一口食べて美登利はつぶやく。
「……おいしい」
「巽が置いてったのだからな」
 少し沈黙してから美登利は背後にいる幼馴染に声をかけた。

「宮前。あんたの面子を潰すことになっても、私はほんの少しだって文化祭を汚されたくない」
「ああ、しゃあねえな」
 宮前は頭の後ろで手を組んで投げやりな風に言い捨てたけど、その眼が寂しそうだったのを正人は見てしまった。

「タクマ、お願い。力を貸して」
「遅いんだよ、馬鹿」
 ぺちぺちと美登利の頬を叩いて琢磨がまた笑う。
「苗子先生にも相談が必要だな」
 隣で誠が言うのに美登利はこっくり頷いた。




 そして迎えた文化祭前日。午前中で授業が終わり、午後は生徒総出で最後の準備が進められている。

 そんな中、主に三年生男子で急遽構成された危機管理委員会の選抜部隊が、学校裏の松林に潜んでいた。
 セレクトの一団である六台のオートバイが海岸沿いを向かって来ることが、志岐琢磨によって知らされたためだ。

「土地勘なけりゃどうしたってこの道選ぶよな」
 櫻花の増援の配置を終えた宮前仁が合流する。
「奴らにとってはこのシマでの最後のエモノが青陵だ。最後の大暴れにはしゃいでやって来るのは想定内」

 宮前の言葉に頷いて安西史弘が選抜部隊メンバーに確認する。
「やって来た悪ガキども、すべてここで捕まえるよ。準備はいいかい?」
 おう、と三十人ほどがロープを手にスタンバっている。
「池崎くん、ひとりも逃がすなよ」
 こっちも念を押されて正人は力強く頷く。

「というわけで。先生、よろしくお願いしやす」
 手下が持ってきた工具箱からドライバーを数本取り出して、宮前は恭しく一ノ瀬誠に向かって差し出す。
 ぐるぐる肩を回しながら誠は軽くため息を吐いた。
「背に腹は変えられないか。後続の車は大丈夫なんだろうな」
「身内の車両が張りついてる。心配無用」
 ドライバーを手に持って誠は頷く。

 そうしている間にもバイクのエンジン音が近づいてきた。
 道路の反対側から双眼鏡で確認した櫻花メンバーがゴーサインを出してくる。
 皆は頷きあって松の木の影に隠れた。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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