20-2.兄妹は、ずっと一緒にはいられない

文字数 965文字

 巽がしゃがむと美登利がイチョウの黄色い葉っぱを差し出してくる。
 くれるのかと思ったのにそうではないらしい。また葉っぱを引っ込めてきゃっきゃと喜んでいる。
 憎らしいほどかわいらしい。こんな気持ちも最近知ったものだ。

 毎日がどんどんすぎて、巽の背が伸びていくのと同じように妹も大きくなっていく。
「にぃに、にぃに」
 自分を呼んでいるとわかったときには本当に嬉しかった。
 自分の世界の中心には妹がいて、彼女の世界にも自分が存在することを実感した瞬間。

 けれど段々わかってきたこともあった。成長するにつれ彼女には彼女の世界ができあがってくるということ。

 スクールバスを降りると公園で妹が遊んでいる。彼女と同い年の子たちと。
 巽は芝生の傾斜を下りてそちらに向かう。気がついて美登利が寄ってくる。だがすぐに子どもたちの輪の中に戻っていくのだ。
 独り占めできないことの切なさもこうして教えられた。

 その頃にはまだ天使のようだった彼女も徐々にひらひらした洋服を嫌い、活発の度合いを増していくようになった。
 髪も男の子みたいに短くしたい。そう言い出したときには寛容な母も卒倒しそうになっていた。

 風呂上がりにドライヤーで乾かしてやっていると、こりもせずに美登利が言った。
「みじかいほうがおふろのあともらくでいいじゃん」
 巽は丁寧に彼女の髪を梳かしながら言う。
「髪が長い方が可愛いよ」
「……ほんと?」
「うん」
「じゃあ、きらない」
 あきっぽい彼女が髪だけは長いままでいたのは奇跡のようなことだった。

「美登利さんは巽さんの言うことなら聞くのよね」
「だって、お兄ちゃんだいすきだもん」
 悪びれもせず母に答えて巽に抱き着く。
 大好き。体中からそう感じることができるのが嬉しかった。

 そんな家族としての情愛もやがては巽を苦しめることとなった。
 誰もがあたりまえに知っていること。刷り込まれた事実。
 兄妹は、ずっと一緒にはいられない。

 やがては誰かに恋をして、そんな存在などなかったかのように赤の他人に傾倒していく。
 誰かの伴侶となり、誰かの親となって、別の世界の中心で生きるようになる。例えば自分たちの両親がそうなように、人はそうやって人生のステージを上がっていく。

 自分たちふたりが今いる世界は、いわばかりそめの時間でしかない。やがて離れていくまでの短い間。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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