8-1.修学旅行なんである
文字数 1,101文字
かつてあまりの遅刻魔ぶりで綾小路風紀委員長を本気で怒らせたあの正人が、三つ常備している目覚ましが鳴る前、なんと早朝六時に起きだしてきたものだから、天変地異の前触れか、あるいは槍でも降ってくるのかと、森村拓己をはじめ寮生たちは不安げな眼差しで空を見上げたものだった。
「めっずらし。池崎が森村と一緒に登校とは」
目を丸くした片瀬修一に拓己はうそ寒そうに首筋を撫でながら囁いた。
「だろ? ぼくもう、怖くて怖くて……」
「おまえらなんとでも言え。今日から四日間、学校はおれにとって天国だ」
片瀬は呆れたように顔を上げた。
「なんだ、そういうことか」
頬を膨らませて拓己は正人を睨みつける。
「美登利さんのいない学校なんてなんにも楽しくないよ」
「お、森村ぁ。須藤の前でも同じこと言えるのか?」
「う……」
言葉に詰まった拓己を正人は勝ち誇った顔で見下ろした。
「池崎って性格変わったよね。すごい意地悪になった」
おどろおどろしい拓己のつぶやきは高笑いする正人の耳には届いていない。
片瀬はやれやれと頭を掻いた。
「ふたりとも、おおげさだぞ。たかが修学旅行じゃないか」
そう、二年生は修学旅行なんである。
昼休み、二年生のいない学食はあまりに静かで、人が少ないからゆっくりできるなどと呑気にかまえていた一年生は肩を窄めることとなった。
なにしろ三年生は既に受験モードに突入していて、しんとしたまま参考書や単語カードをめくりながら食事をしている。
「食った気がしなかった」
早々に食事を終えて逃げ出した正人たちは胃をさすりながら昇降口前を歩く。
つくづく今の青陵は二年生を中心に回っているのだ。いや、三大巨頭を、か。
「美登利さんたち、今頃どこにいるんだろう」
「今日は一日奈良で、明日は京都に移動だったよな」
「私立の高校で奈良、京都なんてチンケだな」
「アンケートで決まったんだからいいんだろ」
片瀬の言葉に正人は目を丸くする。
「修学旅行の行き先までアンケートで決まるのかよ」
「保護者、教員含めな。去年は北海道一周だったか?」
「池崎はどこに行きたい?」
「行ったことないとこならどこでもいいか」
「わたしは沖縄がいいなあ」
いつの間にか後ろにいた須藤恵が会話に入ってきた。
「沖縄かあ」
「みんなでシュークリーム食べない? 昨日部活で余ったのこっそり冷蔵庫に取っておいたんだ」
恵と一緒にいた小暮綾香がタッパーを抱えている。
「マジか」
「あ、じゃあ中央委員会室行こうよ。好きに使っていいって言われてるし」
「行こう行こう」
いちばん後ろを歩きながら正人はぼんやり窓の外を眺めたりする。
(なんか、平和だ)