22-4.アゲハチョウ

文字数 910文字




「いらっしゃいませ」
「美登利! 元気だった?」
「元気だよ」
「たくさん遊べる?」
「もちろん。紗綾ちゃんが借し切ってくれたから逗留中は紗綾ちゃん専属です」
「あら、いい響きね。なにをして遊ぼうか」

 機嫌よく部屋に向かう紗綾の後ろで美登利は綾小路を見返る。
「男どもは疲れて寝ちゃってるけどどうする?」
「急いで見たい顏でもなし、かまわない」
「ふたりですごしに来たんだもんね」
「当分、我慢してもらうことになるからな」

 新学期が始まれば三年生。イベント続きの一学期が終われば受験シーズンにまっしぐらだ。

「ねえねえ、美登利。わたし海に行きたい。夕日を見たいの」
「いいよ。まだ時間が早いから少し休憩してからね」

 そういうわけで夕方になってから美登利と紗綾は浜辺に出かけた。
 神社からの方が水平線に溶ける太陽が見えて綺麗だが、紗綾は波打ち際に行きたいと言った。
「海の匂い!」
「そうだね」

 両側を磯に挟まれた小さな入り江の砂浜は波も静かで穏やかだ。
 普段は人もいないそこに森村拓己と池崎正人が来ていた。
「また会っちゃった」
「まあまあ」
「美登利さん」
 ちょうどよかったと拓己が駆け寄ってきた。

「さっきあいつから電話があったんです。ありがとうって」
「それはそれは」
「明日みんなで磯釣りすることになりました」
「良かったね」
「まあ、はい」

 太陽が水平線に近づくとそこから段々と空がオレンジ色に変わっていく。
「あらら、やっぱり岩場の方に沈んじゃうね」
「それでもキレイ」
 まぶしさに手を翳しながら夕日を見守る。

 きれいにまとめた美登利の髪の間で何かが光っているのに正人は気づいた。
 見る角度を変えてみる。蝶の形の髪飾りがオレンジ色の光を反射していた。
「あれ見て、アゲハ蝶」
 ちょうど紗綾が叫んだからびっくりした。

 黒い羽根のアゲハチョウがふわりふわりと浜辺を横切り、オレンジに染まる磯の潮だまりに近づいていった。
「水を飲みに下りてきたのかな」
 拓己がぽつりと言う。

「一匹だけ? 仲間は?」
 その場にしゃがみ込んだ美登利を見て紗綾がくすっと笑った。
「違うわ。美登利の髪にもいるじゃない。キレイね、それ」
 ああ、とそれに触れてから美登利は嬉しそうに微笑んだ。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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