30-3.あんな妹までいて

文字数 987文字

 気がつけば彼について歩くようになっていた。
 知れば知るほど劣等感が増すばかりなのに自分から近づいていったのは、四六時中観察して弱点を見つけてやろうとでも思ったのか、それともせいぜい利用してやるとでも思ったのか、自分でもよくわからない。

 ある日の帰り道、彼女に出会った。
「お兄ちゃん!」
 後ろから突然抱き着かれて、巽が驚いたのがわかった。そんな様子は今まで見たことがない。

「……なんでここにいる」
「一緒に帰ろうと思って」
「遠回りだろう」
「いいじゃん、べつに」
 西城の制服に鞄を背負って紺色の帽子をかぶった少女は動いて話しているのが不思議なほど作り物のような愛らしさで、達彦は最初なにを見ているのか理解ができなかった。

「ごめんよ、これ妹」
「ああ、うん」
 紹介されて我に返った。
「小学生?」
「西城の五年生」
「コンニチハ」
「こんにちは」

 彼女の目が達彦を見る。そこで思い知る。
 作り物なんかじゃない。
 意志の力に満ちた強い眼差し。ぎゅっと巽の腕を抱きながら達彦に注がれる視線が敵意と警戒心に満ちている。

 なぜかと思う間もなく彼女ははらりと表情を変えて兄の手を引いた。
「お兄ちゃん、あそこのケーキ屋さんに行きたい」
「仕方ないな」
 甘く優しくお互いを見やって微笑み合う。

 手を振る巽に応えながら、達彦はどうにもならない思いに捕らわれていた。
 恵まれた家庭に生まれ、恵まれた容姿と才能を持ち、あんな妹までいて満ち足りて微笑んでいる。
 この違いはなんだ? なにが違うのだ?




 学年のマドンナと目されている女子生徒が巽に手紙を渡している。
 覗き見しているわけではない。人気のない中庭でぼんやりしていたら向こうが後からやって来たのだ。

「あのね、どうせ読んだりしないから、持って帰ってくれるかな。いらないから、それ」
 なんつうことを。さすがの達彦も度肝を抜かれて花壇のかげから顔を出す。
 泣きながらマドンナが走り去っていくところだった。

 達彦に気づいて巽が笑う。
「やだな、見てたの」
「もったいないことするなあ。あんな美人を」
「美人? そうなの?」
 やっぱりこいつはおかしい。

「言い方ってもんがあるだろうに」
「だって本当に困るんだよ。迷惑だって言いたかったくらいだよ」
「おいおい」
「じゃあ君だったらどう断る? 参考にするから教えてよ」
「断ったりしない。一通りのことをしてから向こうが離れるのを待つ」
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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