2-1.楽しみでないわけではない

文字数 947文字

「去年もそうだったけど、体育祭の後って、どっと疲れるねえ」
 教室前の廊下。窓際で登校してくる生徒たちの様子に視線を落としながら、船岡和美がうーんと伸びをする。
「天気のせいもあるよなあ」
 連休明けの先週末まで快晴続きだった空模様が一転、今日は今にも雨粒が落ちてきそうな曇り空だ。海が近いこの場所は、こんな天気の日には潮と雨の匂いでいっぱいになる。
「今から梅雨入りが憂鬱になっちゃう」

「私は好きですよ。雨の匂い」
 和美の横に並んで外を見下ろした坂野今日子は、途端に顔を曇らせた。
「どしたー?」
 今日子の視線を追った和美もまた顔をしかめる。

「佐伯氏、また新しい女の子連れてるねえ」
「一年生ですよね?」
「調理部に入った子だよ。今年の一年の中じゃ一番可愛いかもって目え付けてたのに! がっかりだー。なんで佐伯氏なんかに引っかかるのさ」
「顔はピカイチですから。可愛い子ほど寄っていってしまうのでは」
「一年生女子に本性が知れ渡るまでの辛抱か……」

 そうこうするうちに風紀委員による閉門前のカウントダウンが始まった。慌てて駆け出す生徒たちの更に後方から、ものすごい勢いで迫ってくる影がひとつ。

「池崎少年、今日も滑り込みセーフだ」
 身を乗り出して様子を見ていた船岡和美は感心してつぶやいた。
「いやあ、速い速い。リレーでも大活躍だったもんね」
「あと五分早く起きるって選択肢はないんでしょうか」
「ないんだろうねえ」
 あはははは、と和美は大笑いした。




「こら、池崎! 帰るなよ」
 廊下で待ち構えていた森村拓己に腕を掴まれたと思ったら、反対側の腕まで片瀬修一に掴まれた。正人はふたりに両脇を抱えられ、そのままずるずる連れていかれる。
「今日は委員会だって言っただろ」
「帰りたい……」

 中央委員会室には三十人ほどの生徒たちが集まっていた。
「こんなに人がいたんだな」
「普段わざわざ集まったりしないからね」

「来た人からプリントと腕章を取って座ってください」
 坂野今日子が呼びかけている。ほどなく中央委員会委員長の中川美登利がやって来る。一番後ろの端に座っている正人を見つけてにこりとした。
「そろったみたいね。それでは始めます」

 文化祭のための会合だということは正人にもわかっていた。高校で初めての文化祭、楽しみでないわけではない。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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