4-7.「生憎だけど負けないよ」

文字数 979文字

 その中にイスラム風ともヨーロッパ風とも取れる真っ白な東屋が建っていた。モスク風な尖塔が付いていて内側にはびっしり幾何学模様が施されている。
 いわゆるキオスクをイメージしたのか。中川美登利が見たなら趣味の悪さに眉をひそめたことだろう。
 キオスクが悪いのではない。学び舎にこんな威容を配置する心持こそが、西城を西城たらしめるものなのだ。

 四方を風が渡るキオスクの中は涼しかった。椅子を勧められたが誠と綾小路は断った。高田は鼻を鳴らして籐の椅子に腰かけ足を組んだ。
「それで用件は? 僕だって忙しいんだ。手短に頼むよ」

「うちへの嫌がらせのために北部の生徒を使ったのはまずかったね。自分の手は汚さない君らしいやり方だけど」
 じろっと睨み上げてくる高田を誠は目を細めて見下ろす。
「宮前を甘く見たのもいけない。あれも一応櫻花連合の総長だ。櫻花のメンバーなら必ず宮前に従う。気の毒に、君の軽挙妄動に巻き込まれた彼らはだいぶ痛い目にあったようだよ。それもお金で解決できると思ったかい」
「……」

「本当に君らしいよ。初代が結んだ友好協定をなんだと思ってるの」
「なにが友好だ。それなら……それこそ、北部の宮前を手駒にしているおまえたちはどうなんだ!?
「駒なんかじゃない。宮前は仲間だから」
 言葉に詰まる高田に少し声を柔らかくして誠は尋ねる。
「君は違うの?」
「……」

「そんなに僕らと喧嘩がしたい? 生憎だけど負けないよ。それでも喧嘩する?」
 戸惑う高田の目線を捉え、誠は笑顔になって言った。
「ちょっと、考え直してみなよ。ね?」
 会談はそこで終わった。

 バラ園を後にして正門に続くメイン通りに戻ったところで、終始無言のままだった綾小路が口を開いた。
「バラの茂みの向こうから香水の匂いがした」
「うん。いたね、あの人」
 誠は足を止めて背後を振り返る。大学部の本部棟がひときわ辺りに威風を放っている。

 かつて、選ばれた人間のみがより良い環境で勉学できるのだと公言してはばからない経営方針を嫌い、西城の理事のひとりがこれに造反、西城とは全く違う校風の新しい学校を創り上げた。
 それが青陵学院である。「自由・自主・自尊」を目指す理想の学校。

 そして当時、西城学園中等部において神童とまで称されていた生徒がそれに賛同し青陵学院高等部への入学を決めた。
 初代生徒会長中川巽。中川美登利の兄である。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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