16-5.淳史さん

文字数 921文字

 丁寧に歌詞カードを戻していると拓己が来て言った。
「ごめんよ。思ってたより親戚が集まるみたいでさ、かなり騒がしくなるかも」
「いいよ、おれんちもこんな感じだし慣れてる」
「うーん……」

 しばらく考えて拓己は正人を誘い出した。翡翠荘に向かう。
「あ、もうお客さんがいる時間か」
 つぶやいて脇の木戸の方へ回った拓己は慣れた様子で中に入った。
 裏庭を横切って広縁と濡れ縁のある小さな内庭に入る。

「淳史さん、いないかな」
 濡れ縁から身を乗り出して拓己は廊下を覗き込む。
「拓己くん?」
 ちょうど美登利が出てきてくれて拓己はほっとする。
「今日は着物なんですね」
「常連さんが来るからね」

 紺色の着物に赤い帯といかにも仲居さんスタイルな美登利が縁側に出てきた。
 こうして着物を着ていると彼女の姿勢の良さや所作が際立つ。

「どうしたの?」
「今夜ぼくたちのこと泊めてもらえないかと思って。寝るだけでいいんで」
「ああ、それは大丈夫だと思うけど。おーい、淳史くん」

「んー、聞こえてたよ」
 襖の一つが開いて二十代前半の青年が顔を出した。
「いいよ、ふたりともおいで」
「ありがとうございます。これ、池崎です」
 会釈する正人に彼は軽く手を振った。
「よろしく」
「じゃあ、今夜お願いします」

 戻る途中、拓己が教えてくれた。
「さっきのが淳史さん、美登利さんのいとこ。すごくいい人だよ。淳史さんの部屋二間続きで広いから時々こうやって泊めてもらうんだ」

 そうして夜になってから再びふたりは淳史のところを訪ねた。
「やっぱりいないよねー。あがらせてもらってよう」
 縁側で靴を脱ぎ、昼間淳史が顔を出した部屋に入らせてもらう。

 八畳間の壁際に小さな机が一つと本棚がひとつ。畳の真ん中にはこたつ、テレビはつけっぱなしになっていた。
「テレビ見て待ってろってことだと思う」

 こたつに入ってチャンネルをあれこれ回していたら淳史が戻ってきた。
「ああ、来たかい」
 ちょっと休憩、と法被を着たままこたつに入る。
「もうすぐ今年も終わるなあ」
「そうですねえ」
「君たち高一だっけ?」
「はい」
「いいなあ。若いなあ。戻りたいなあ」

 ぐでっとこたつの天板に顎を載せて目を閉じる淳史に拓己が訊いた。
「淳史さん、写真ないですか?」
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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