1-7.「とってもとっても優しいよ」

文字数 852文字

 命からがら逃れ出てきた正人のことを、廊下で拓己が待っていた。
「大丈夫かー、池崎」
「なんかわからないけど、あの女こえええー」
「ああ、うん……」

 ふっと遠い眼差しになって拓己は同意する。
「美登利さんて、とっても怖いひとだから。でも逆らったりしなければ、とってもとっても優しいよ」
「それ、フォローじゃないよな」



「よかったんですか?」
 お茶を淹れながら坂野今日子が美登利に問う。
「あの子のこと、欲しいんですよね?」
「まあ、それはまた後のことかな。このままだと綾小路が憤死しそうだからさ」

「誰がだ、誰が」
 突っ込みながら綾小路が入ってくる。一ノ瀬誠も後に続いてきた。

「坂野くん、これ入力頼めるか? 今日中にプリントして各部署に回してほしい」
「了解です」
「それと運動部の連中への注意文だな。体育祭直後に集中して一年生への勧誘行動が過激化しないよう……」

 今日子が忙しくなったのでふたりのお茶は美登利が淹れてやる。
 一口すするなり「まずいよ」と文句を言った誠に容赦のないデコピンが炸裂した。
 額をさすりながら誠は文庫本を取り出して読み始めた。

「文化祭に関しても、講堂の使用条件については早めに説明しておかないと、先走った連中がやかましくなるからな」
 ようやく腰を下ろした綾小路がじろりと美登利を見る。
「聞いてるのか?」
「うん……」
 頬杖をついて美登利は上の空の様子だ。

「実はさ、引っかかってたんだけど。池崎正人って、どっかで聞いたような名前」
「実は俺も思ってた」
 湯呑を置いて、綾小路が顎に指をあてる。
 はて? と首を傾げるふたりの横で一ノ瀬誠が事もなげに言った。

「生徒会長だろ。西城の、何代か前の」
 ページを繰りながらさらりと続ける。
「池崎勇人(はやと)。普通に考えて兄弟だろうな」

「なんでそれ、早く言わないの」
「え、だって、聞かれなかったし。わかってるのかと」
 横眼にふたりの顔を見て誠は棒読みに言う。
「ゴメンネ?」
(むかつくっ)
 思ったことは同じだったが負けを認めることになるのでふたりはそれ以上突っ込まない。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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