38-1.「弱いつもりはないのに」
文字数 1,062文字
一番乗りかと思ったが森村拓己が先にいて帰寮の手続きをしていた。
「おめでとう。池崎」
「今年もよろしく」
「久々の実家どうだった?」
「まあまあ」
「大人になったなあ、おまえもさ」
拓己は時々こんなふうに嫌味を言ってくるのが定着している。
今までのあたりさわりのない態度が演技で、こっちが拓己の本性なのかもしれない。
そう思うと微笑ましくて腹も立たない。
「須藤の話だと小暮は休み中ずっと引きこもってるって」
さすがにこれは胸にチクリとくる。
返す言葉もなく黙っていると拓己はずいっと紙袋を押しつけてきた。
「どうせ行くんだろ。美登利さんにお土産渡しといて」
「ああ」
「それと、春にはまた来いよ。人手がいるから」
「ああ!」
「いらっしゃいませ」
「おう、池崎。おめでとさん」
カウンター席の奥で宮前仁が手を挙げてくれたが肝心の中川美登利の姿がない。
声はしたはずと見回すと、テーブル席の方にいた。
腕を組んでテーブルの上のオセロ盤をじっと睨んでいる。向かいには新聞を広げた村上達彦。
「だめだ、また勝てない」
目を閉じて美登利は悔しそうにつぶやいた。
「だから角をやるって言ってるだろ」
「私だって弱いつもりはないのに」
「学習と実践が足りないんだよ」
疲れたように腰を上げた美登利に代わって宮前がそっちに座る。
「次、オレお願いしやす」
「角をみっつやる」
「どうせなら全部で」
「いいよ」
カウンターに来た美登利に正人は紙袋を差し出した。
「お土産、おれのと森村のと」
「どうもありがとう。待っててね」
コーヒーの香りと一緒に美登利が隣に座ってくれた。
「里帰りはどうだった?」
「ぼちぼち。ケンカもしなかったし」
兄の勇人が話していた通り、両親は別居状態を解消して母親は父の元に帰ることになった。それに先立って正人も一緒に帰省したのである。
正人も久々に母親に会って入学準備の御礼をやっと言うことができた。
親なんだから当然と笑った母親は涙ぐんでいて、もっと早く会いに行くべきだったと後悔した。自分はいつも配慮が足りない。
「よかったね」
落ち込みそうになったが、美登利が微笑んでくれたからそんなことはどうでもよくなった。
「勇人はどうすんだ。就職したばかりだろ」
いつのまにかカウンターの中に志岐琢磨がいて正人は驚く。さっきまでいなかったはずだが。
「兄貴は祖母の家に残るって。もう高齢だし、だれか同居した方がいいって」
「おう、いいことだな。でもいずれは戻るんだろうな、後継ぎだし」
「どうなんすかね」