40-5.笑いやがった

文字数 1,110文字

「おれは、自分のことなんかどうだっていい。先輩を助けたい、守ってあげたい。それだけだ」
「おもしろいこと言うね。それこそ嫌というほど思い知るよ。君が守ろうとしてるその女が、いちばん君を傷つけて苦しめるんだ」

 笑顔で言ってのける誠を、かろうじて正人は睨みつける。
 言葉はなにも出てこない。
「頑張りなよ、そして早く思い知ってくれ」
 締めくくるように話を終えた誠に、やはりかろうじて頭を下げて、正人は走り出した。じっとしていられなかった。

 覚悟は決めた。これまでさんざん人に言われた。彼女本人にだって「必ずあなたを傷つける」と。
 それでも一ノ瀬誠の言葉の重みは別格だった。苦しんで苦しんで、それでも彼女と一緒にいる人が言う言葉の重みは、正人には耐えがたかった。

 それでも気持ちは揺るがない。もう決めた。
 必ず、あの人に認めてもらえる自分になるのだと。




 数日後、駅のホームで上りの電車を待っていたら村上達彦に声をかけられた。
「久しぶり」
 顔を合わせるのはあのとき以来だ。
 スーツを着ているから違った印象に見える。人を食ったような笑い方は相変わらずだが。

「また後輩だね」
「そうですね」
「あの子は見送ってくれないの? ほんと冷たいな」
「そうですね」
「大学生活楽しんでおいでよ。狭い世界から抜けてさ、目から鱗だよ。後は心配いらないからさ」
「……そうですね」

 失笑して頷く誠に達彦は大人げなく舌打ちする。
「相変わらずだな」
「そちらこそ」
「彼氏の余裕か? それもそうか。なにせ君はあの子のハンドメイドだからな」
 駅の雑音が遠くなる。誠は初めて達彦と向かい合う。
「あの子の好みにカスタマイズされて望みどおりに振る舞ってれば、嫌われることはないもんな。頭が下がるよ、僕にはとても真似できない」

 ホームに電車が入ってくる。人々が乗り降りし、発車メロディが流れる。
 誠は会釈をし、達彦を残して電車に乗り込んだ。電車が動き出す。

 すうっと息を吸い込んで、達彦はゆっくりそれを吐き出した。
(あのガキ、笑いやがった)
 相変わらず苛々させられる。でも、まあいい。
 巽はいない、何かと邪魔をしてくれた一ノ瀬誠も離れた。またとない機会。

 だけど気がかりなことがあと一つ。
 勇人の弟、池崎正人。あいつは面倒だと達彦は思う。
 直感で動くタイプ、そして脅しが通じない。知らない間にするすると人の懐に飛び込んでくる、計算が通じない。達彦が苦手とするタイプだ。
 まさか一ノ瀬誠は正人がいるからこそ余裕だったのではなかろうか。
(あの野郎)

 まあいい、時間ならたくさんある。じわじわじっくり囲い込む。失敗は二度としない。
 誰が敵でも関係ない、自分が相手にするのはあの子だけ。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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