40-6.まだ、始まったばかり
文字数 1,013文字
今日も今日とてロータスはまったりしていた。
「タクマさんは?」
「昨日の風でアーケードの雨どいが壊れたって、直しに行ってる」
雑誌をめくりながら宮前は何気なく言う。
「便利屋みたいだな。頼まれればなんでもやるもんな」
これに美登利が食いついた。
「便利屋か! その単語が思いつかなかった。宮前、天才」
珍しく褒めてもらってにやっとなったものの、ヤバいことを言ってしまったかと宮前は汗を垂らす。
「お礼にイチゴもらってきたぞ」
「いいねえ、イチゴパフェにショートケーキ。卵あったっけ? 買ってくる?」
「そうだなあ……」
タクマと冷蔵庫を覗いていたら、通りの角のたばこ店のご隠居がやって来る。
「志岐さん助けて。雨戸のたてつけが悪くて動かなくなっちゃった」
「はい! 私が行く」
意気揚々と美登利が老婦人の手を取る。
「この便利屋にお任せあれ」
は? と眉を上げて琢磨は宮前を見る。
「あいつはなんだって?」
「すんません、オレが変なスイッチ押しちまったらしく」
「この阿呆が」
苦い表情で琢磨は空を仰いだ。
池崎正人は足早に商店街を抜けてそこに向かう。
賑わっている駅前商店街の奥、昔ながらのアーケード街の更にはずれにその店はある。看板らしい看板はなく、扉の脇に取ってつけたようなプレートが張り付いているだけ。
商売っ気のないその店に今日も懐かしい顔が集まっている。
店主の志岐琢磨が換気扇の下で煙草をふかし、カウンターの奥の席では宮前仁が雑誌をめくっている。
テーブル席のほうでは船岡和美がはしゃいだ様子で何か話していて、坂野今日子が淡々と相槌を打っている。
その様子は彼女たちがいた頃の中央委員会室の様子を思い起こさせる。
いちばん顔を見たい人の姿が見当たらない。
通りから店内を覗き込んでいた正人は、
「なにやってるの?」
背後からの声にぎくりと振り返る。
「なにしてるの? 池崎くんたら」
買い物袋を提げた美登利が呆れた顔をして立っている。
照れくさくなって正人は頬をかく。くすりと笑って美登利は彼を促す。
「入ろう。ショートケーキ作ったんだよ、食べてみる?」
「先輩、レパートリー増えたね」
「まあね」
えらそうに微笑む顔も可愛くて大好きだ。
この恋は、敵が多すぎてわからなくなりそうになるけれど、見失ったらいけない。
いちばんの敵は彼女そのもの。そして迷いそうになる自分自身。負けない、そう決めたから。
池崎正人の受難はまだ、始まったばかりである。