30-15.歪んでいる

文字数 971文字

 泣き伏しながらまだ叫ぶ。
「来ないで。あっちに行って……」
 自分の腕を掴んだまま地に伏す美登利と凍りつく一ノ瀬誠とを見ながら、達彦はさっきまでの高揚感が消えてなくなっていくのを感じていた。

 なんていう計算外。
 舌打ちして達彦は美登利の手を引っ張って立ち上がらせる。
 巽じゃない。
 歩道に上がり彼女を引っ張って歩く。視線も動かせずにいる誠とすれ違いざま達彦は強く眉間を寄せた。
 こいつだ。

 泣きじゃくりながら自分に引っ張られて後を歩く美登利は萎れた花のような憐れさで、こんなふうになってまで、真実を隠したいのは巽じゃない、あの幼馴染の為なのだ。

 目の前が真っ赤になりそうなほどの衝撃。怒りなのか悔しさなのかわからないまま足早に歩く。
 商店街の端に来たところで耐え切れずに美登利が崩れた。歩道のタイルに膝をついてまた泣き始める。

 なんなんだ、この子は。
 彼女の手を握ったまま達彦は初めて見るような気持ちで美登利を見下ろす。
 なんなんだ、君は。その涙はいったい誰のためのものなんだ。
 歪んでいる。巽じゃない。自分でもない。この子がいちばん歪んでいる。

「なにしてる!」
 野太い叫びが飛んできたと思ったら志岐琢磨だった。
 面倒な奴に見つかったとは思ったが達彦にももうすべてがとうでもよくなっていた。

「タクマ! タクマ!」
 美登利はボロボロに泣きじゃくりながら琢磨に縋り付いた。
「わたしのこと思い切り殴って」
「なに言って……」
「オカシイの、わたしオカシイの。殴ったら治るかもしれない。全部元に戻るかもしれない」
 慟哭のあまりの激しさに達彦にももうなにもできない。
「こんなのは嫌、こんなのは嫌!」


     *     *     *


「なにがしたかったんだ、おめえはよ」
「傷つけたかった、それだけだ」
「おまえな……」
「最初から気に入らなかったんだ、あの兄妹が」
 すかして嗤う達彦をうんともすんともなく琢磨はただ睨みつける。
「それだけだよ……」

「馬鹿にするなよ。俺にはわからないとでも?」
「……」
「まあいい。巽には黙っててやるからおまえは消えろ、二度と美登利の前にその顔出すな」
 無言で達彦は踵を返した。

 深く息を吐き眉間を揉みながら琢磨は店内に戻る。
 カウンターに突っ伏して美登利はまだ泣いていた。琢磨にはその小さな背中を撫でてやるくらいのことしかできない。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み