16-1.翡翠荘
文字数 1,006文字
「池崎って面白いよね。学校休みになると早起きするんだもん」
「耳タコだ」
正人は白い息を吐く。寒くないわけではないが正人の地元に比べれば格段に暖かい。
青陵学院がある市街地から乗り換えを経て電車で二時間程度のエリア。気候的にはさほど変わらない。
林を抜けて造成地に出る。車道の突き当りに小さな旅館がぽつんと建っていた。
『翡翠荘』
拓己はすたすたその敷地の中へ入っていく。
正面入口への踏み石の道を掃き掃除している人物がいる。
「おはようございます」
「おはよう、拓己くん」
中川美登利だった。
「池崎くん、ほんとに来たんだ」
竹ぼうきを抱えて呆れたように眉をひそめる。
「なんであんたがここにいるんだ」
わなわなと震える正人に美登利はけろりと言う。
「ここ、うちの伯母さんの旅館。長い休みには手伝いに来るの」
「聞いてない。なんで森村の実家のそばにあんたの親戚んちがあるんだ」
「なんだ、池崎。知らなかったの?」
(おまえ、わざと言わなかったくせに)
わざとらしく笑う拓己に正人はぶるぶると拳を握る。
「それにしたって、お正月には自分のお家に帰ったほうがいいんじゃないかな」
「お盆で懲りた。卒業するまでもう帰らない」
表情を曇らせて美登利は正人を眺める。
「まあ、いいけど」
掃除に戻る美登利に拓己が問う。
「神社に行くのに裏口通らせてもらっていいですか?」
「どうぞ。気をつけてね」
翡翠荘の敷地を抜けて林の中のけもの道を行くと今度は神社の境内に突き当たった。
「年越しはここで甘酒を配るんだ」
「うちの近くの神社に似てる」
「田舎あるあるだね」
ははっと笑う拓己に、正人はいや、と言い直した。
「やっぱ全然違うや」
参道の階段を上り切ってから振り返ると、そこからは一直線に水平線が見えた。朝日が波間にきらきら輝いている。
「おお、太平洋だ」
「ここからご来光が見えるよ」
「いいとこだな」
「他にはなにもないけどね」
境内には少しだが遊具もあった。拓己がブランコの一つに腰かける。
「ここで美登利さんと初めて会ったんだよ。小五のとき。前から見かけたことはあったけど、そのときはじめて話した。ぼくさ、そんときいじめられててさ」
「おまえが?」
「うん。ぼくみたいに空気読んで女子とも先生とも要領よくできちゃう優等生ってガキ大将から嫌われたりするじゃない」
「はははは……」