5-1.「ますます面倒なことになるかもよ」
文字数 1,079文字
「ミニトマトって可愛いけど手間がかかるね」
「かといって、どんどん獲らないと、どんどん落ちてっちゃうし」
「ニラもじゃんじゃん伸びるから、週一の刈り取りじゃ間に合わないかも。全部持っていっていいからね」
部長の小宮山唯子に言われて寮暮らしの正人と拓己は喜色を浮かべる。
「卵があればニラ玉ができるね」
「それならおれでも作れるぞ」
夏休みに入って既に一週間あまり。校内には正人が思った以上に多くの生徒がいた。
「部活や補講があるし、図書館に来る人もいるし。涼しいからね、図書館」
「インターハイ残ってるの剣道部だけか」
部活棟脇の水道で手を洗いながら片瀬が掲示板を見て言う。
「安西先輩がもう少し真面目にやれば高校記録なんてお茶の子さいさいだろうに」
「仕方ないさ、安西先輩だもん」
「あれ、拓己くんたちだ」
「園芸部のお手伝いで?」
船岡和美と坂野今日子だった。
「こんにちは」
「中央委員会室使う? 私はこれから補講だけど」
今日子と拓己が話している間、落ち着きのない様子の正人に和美がにやにやする。
「美登利さんならいないよ」
「別に」
「長い休みの間は親戚の旅館のお手伝いに行っちゃうんだ。あーあ、つまんない」
和美は頭の後ろで手を組み、目を眇めて正人を見た。
「池崎くんてさ、空手とかやってた?」
「子どもの頃少し」
「ケンカ強いね。場数踏んでる感じ」
和美がなにを言いたいのかわからない。
「君さ、ますます面倒なことになるかもよ」
掴みどころのない和美の態度に正人は軽く眉根を寄せる。
「船岡さん、行きましょう」
「はいはい」
言いたいことだけ言って、和美はじゃーねーと能天気に手を振って行ってしまった。
その週末には寮生数人と連れ立って花火大会に出かけた。いつもの河原は見物客でいっぱいだ。
「もう少し早く来ればよかったな」
「花火が見えればいいよ」
人込みに辟易した正人だったが、始まってみれば頭上に打ち上げられる花火は迫力で、その音の大きさにも興奮した。
「すごいね!」
傍らで叫ぶ拓己に相槌を打とうとしたとき、視界の隅に知っている顔がよぎった気がした。
花火の音と一緒に正人の心臓が跳ね上がる。人込みに紛れてしまって、もう確認のしようもない。
けれどその人がここにいても不思議はない。正人はもうずっと会っていない兄の顔を思い出す。正人の母と兄とはこの街に住んでいるのだから。
自分が青陵に通っていることを兄は知っているのだろうか。正人はふと考えた。