5-3.「あんなにくっついて回ってたのに」
文字数 1,052文字
「志岐さんの不味いコーヒーを飲むと、帰ってきたって感じがするよ」
罪のない笑顔で巽が言うのを、琢磨は唇を歪めて聞き流した。換気扇の下に移動して煙草に火を点ける。
「学校はどう? 今年は文化祭行きたかったけど時間が合わなくて」
「三年生の企画が良くて盛り上がりました」
「そうそう。苗子先生がメールではしゃいでたっけ」
柔らかく巽は微笑む。
「そういや、宮前」
のそっと身を乗り出して琢磨が厳しく言う。
「おまえ、ちいと青陵に迷惑かけたんだろ」
「はい。スンマセン」
べこっと潔く頭を下げ宮前は巽に訴える。
「それについちゃあ、中川に鉄拳制裁されてるんで」
「それはそれは。すまないね、うちのお姫様が」
ふっと巽が笑みを深くする。誠が真似したくてもできない、寛容な微笑み。
「それについては、西城の現生徒会長の差し金で、たぶん、千重子理事長も関わってたと」
誠の説明に巽は頬杖をついて軽く嘆息した。
「困ったものだね」
「……すみません」
携帯に着信が入って誠は慌てて外に出た。横目にそれを見送って琢磨が巽の前に来る。
「ときに巽よ。達彦はどうしてる?」
「村上くん? さあ、どうだろう。同じ大学でも学部違うし全然会わないなあ。研究所に進むとか聞いてないから、就職するのかな」
「村上サンて、あのえらく男前な人っすよね」
「目立つ奴だからな。現れりゃあ、すぐにわかるが。こっち戻ってくるのかと思ってな」
誠が店内に戻ってくる。
「そういえば巽さん。俺たち池崎勇人さんに会いました」
「勇人?」
「弟くんが青陵に入学したんです。そのことでちょっと。俺と美登利と、志岐さんに紹介してもらって」
「なんだ、美登利のやつはなにも話してないのか?」
「ああ。うん……」
巽は頬杖をついたまま悲し気に目を伏せる。
「寂しいよね。子どもの頃はさ、あんなにくっついて回ってたのに。気がついたらまったく寄ってこなくなっててさ。むしろ僕避けられてない? 傷つくんだけど」
「兄離れしなきゃと思ったんすよ。……本人に聞いたわけじゃないっすよ」
「寂しいもんだよ、兄妹なんて」
新しい煙草に火を点け電話の子機を取り上げながら琢磨が言った。
「そうだ。勇人を呼んでやろう。それで今夜は飲むぞ」
「ええ? 帰りが遅くなっちゃうなぁ」
困ったように笑いつつ巽は反対しない。誠は宮前を目で促した。
「俺たちはこれで」
「うん、ありがとう誠くん。仁くんも会えてよかった」
電話をしながら手を挙げる琢磨に会釈して、誠と宮前は店を出た。