29--2.常套手段

文字数 989文字




「なんてことを……」
 三大巨頭対二年生。俄かに浮上した選挙戦の対決図式に校内は色めき立った。
 ふらふらになりながら立候補の届けを終えたものの、本多は生徒会室で頭を抱えている。
「勝てるわけないじゃないか、あの人たちに。なんでこんなことに」

 仕組まれたからに決まってるだろう。中央委員の三人組にはよくわかる。こういうだまし討ちは委員長中川美登利の常套手段だ。
 判然としないのはその目的。自分たちを決起させ、勝たせたいのか、完膚なきまでに打ち負かしたいのか。

 後者を想像して背筋がゾッとする。前回、見苦しく三大巨頭に楯突いて徹底的に打ちのめされた対立候補のことを思い出したからだ。
 戦う前から戦意を喪失しそうになって正人は慌ててこぶしを握る。

 植え付けられた恐怖感こそがあの人たちの最大の武器なのだ。戦わない選択肢は既にない。ならば恐怖を振り払い力を振り絞って対抗するしかない。
 全力で戦わないなんてみっともない真似は絶対にできない。

 思ったことは一緒だったのだろう、片瀬が正人の眼を見て頷く。拓己も顔をこわばらせながら決心したようだった。
 あとは本多崇本人だ。

「本多、腹くくれ。賽は投げられた」
「勝てるわけない、やるだけ無駄だ」
「無駄なことなんかないよ」
 それまでずっと黙っていた拓己がきつい口調で言い切った。
 中川美登利がやらせようとしていることならば。

「無駄なんかじゃない、何か意味があることなんだ。無駄になってしまうとしたら、それは努力が中途半端だったときだけだ。精一杯やろうとすることに無駄なことなんかない。だからやるなら必死にならなきゃ駄目だ。必死になったなら、きっと勝てないことなんかない」

「おれもそう思うぞ」
 片瀬が横から言い添えた。
「勝てないこともない」
 だが本多は頭を振る。
「そもそも僕が生徒会長になろうってのがおかしいんだ。副会長に任命されたのだってたまたまなんだ。それなのにどうして」

「おまえがよくやってたからだろう」
「そうだ。長倉先輩は逃げ出したのに、おまえはよく頑張ってたろう。ずっと生徒会長を補佐してたんだ。先輩の後ろで見たり聞いたりしたことはもうおまえの力になってるはずだ」
 同じように中川美登利の後ろで学び取ってきた片瀬は力強く話す。

「だからって勝てるわけが……」
「それは、おまえがあの人たちと同じ手口で戦い方をシミュレーションしているからだ」
「え」
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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