3-1.文化祭当日

文字数 943文字

 文化祭当日は申し分ない快晴で、生徒たちの日頃の行いの良さを天が証明してくれたようだった。
 早朝からゲートや看板を設置する生徒たちの歓声を背に、文化部長澤村祐也は未だ建設途中の建物の概要を見上げていた。
「おはよう、澤村くん」
 声だけでそれが誰か澤村にはわかる。

「みどちゃん」
 おはよう、と振り返る。中央委員会委員長の中川美登利が隣に立った。
「芸術館、間に合わなかったね」
「うん……。でもほら、これはこれで目立っていいかも。なにができるんだろうってお客さんも看板を見てくれるでしょう。ここに生徒募集のポスターも貼ってあるし」
「そうだね。興味持ってもらえるよ、きっと」

 澤村はくすりと笑って美登利の長い髪に指を伸ばした。
「髪の毛絡まってるよ」
「朝バタバタしちゃってさ。そういえばお母さんがうるさく言ってたなあ」
「少し時間あるなら結ってあげようか?」
「お願いしようかな」
 澤村は嬉しそうに頷く。
「澤村くんの演奏、午後だよね? 絶対聴きに行くからね」
「ほんとう? それなら張り切らないと」
 良い音が出せそうだと澤村祐也は微笑んだ。




 いよいよ文化祭当日。今日は放送部の腕章を付けた船岡和美が開口一番に放ったセリフは「やばい」だった。

「やばい、やばいよ。大正レトロカフェ。百合香先輩の本気、半端ないよ」
「もう既に長蛇の列だろう。誘導員を増やしたほうが良さそうだな」
「ち、がああう!」
 黒板に張り出された人員配置図を確認している綾小路に船岡和美は精一杯叫ぶ。
「そういうことじゃなくて! こう、キュンだよキュン。女給さんやばいよ。キュンキュンだよ」
「グラウンドの巡回係を二人ピロティーにまわすか」
「でもね。あたしが自分を許せないのはね、佐伯氏のギャルソン姿にときめいてしまったことなの……」

「坂野くん。連絡を頼む」
「了解です」
「ねえ、ねえ。坂野っちも見てごらんよ」
「いやですよ」
 携帯電話を取り出しながら坂野今日子は冷たく言い放つ。
「目が腐ります」
 ですよねーと和美は肩を竦めた。

「それでは船岡は突撃レポートに行ってまいります」
 びしっとマイクを振り上げ和美は文化祭実行委員会本部を飛び出していく。
「あいつは今日一日あのテンションでもつのか?」
 風紀委員長のぼやきに坂野今日子は「さぁ?」と首を傾げた。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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