26-14.元には戻らない

文字数 1,027文字

 うちの一つを手に取って美登利は淡々と答える。
 綾小路は目を丸くして手紙の山を見やった。封も切られていないものばかりだ。だが、いかにもな見た目で確かに恋文らしいことはわかる。

「お兄ちゃんが、もらった手紙を全部隠してるって、人から聞いたことあったけど、まさか本当だなんて、思ってなかったよ」
「つまり、これが中川文書?」
「なにがどう情報が回って、千重子ババアがどう考えたかは知らないけど、初代が隠したのはこれだよ。馬鹿馬鹿しい、ほんと笑える」

 綾小路はため息を落とす。
「初代はなぜこんなものを隠したんだ」
「……」
「もういいさ。謎は解けた、みんな千重子理事長の妄想だったんだ」
「そうだな」
 誠が結論付けたのに頷いて、今度こそ綾小路は自分の仕事に戻っていった。

 誠は、ずっと黙っている美登利に問いかけた。
「どうする、それ。処分するか」
「私のものじゃないし」
 缶の中に手紙を戻しながら、美登利はやっぱり淡々と答えた。
「戻しておこう。そんでまた何かの騒ぎの元になればいいよ。ほんと笑える」

 笑ってなんかいないくせに。
 中川巽がそれを隠した理由はわからない。だけど、それを美登利に教えた人物が誰かは誠にも見当がつく。
 村上達彦。あの男しかいない。

『ダメ! やめて、聞かないで! 聞いちゃダメ! 誠には関係ない、関係ないから、あっちに行って』
 自分の大切なものを、あんなふうにボロボロにした男。
 たかだか三年くらいでは傷は癒えない、溝は埋まらない。
 気づいてしまった事実はなくならない。元には戻らない。

「美登利さん、すみません」
 戸口から小さな声で、森村拓己が呼びかけてきた。
「池崎が……」




 屋上では明日、科学部と園芸部の出し物が行われることになっていて、ペントハウス内には机や道具類が準備されていた。
 その物陰に、正人は蹲っている。

 階段下から小暮綾香は泣きそうな顔で様子を窺う。誰かが階段を上がってきた。
 中川美登利だ。腰まであった長い髪が肩のあたりでざっくり切られている。痛々しさに息をのむ綾香に小さな声で美登利は訊いた。
「髪ゴム、持ってない?」
 ポケットを探って予備の黒いゴムを見つけた。
「もらっていい?」
 自分の髪を手早く括って美登利は階段を上がっていく。正人を気遣っているのがわかって、綾香は涙が出そうになった。

 佐伯裕二がよく蹲っていたその場所に、膝を抱えて座っている正人を見つけて美登利は苦笑する。
 どうして男は薄暗い場所で小さくなるのが好きなのだろう。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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