18-1.花よりもきれいな人
文字数 1,102文字
園芸部部長の小宮山唯子は、マフラーを耳の上まで巻き直してから屋上庭園へと踏み出した。
手前の花壇では寒さに強いパンジーとビオラが愛らしく健気に咲き続けてくれている。
ピンク、青、黄色と彩りよく寄せ植えにしたプリムラも、そこだけ見ればもう春が来たかのような賑やかさだ。
(よかったな)
夢に見たような空中庭園。こんなものが学校で造れるとは思っていなかった。
唯子は花が好きだった。
花はきれいで可愛い。どんな地味な野の花でも、例えばきらきらした宝石よりずっとずっときれいだと思っていた。
花は生きているから。一生懸命咲いているから、花はきれいで可愛い。
一番広い奥の花壇ではチューリップの芽がいくつか出始めていた。
チューリップの芽は野菜なんかのひょろっとした双葉と違って、にょきっと力強く土の中から頭を出す。その意外なたくましさがまた愛おしい。
唯子はしゃがんで土の渇き具合を確認した。水やりは放課後でよさそうだ。
そのままぼんやり眺めていると、いきなり頬に暖かいものが触れてきた。
「おはよう」
後ろから中川美登利が唯子の顔を覗き込んでいた。
夢から醒めたような気持ちで唯子はその顔を見上げる。
花はきれいで可愛い。でも花よりきれいなものがあることを唯子は彼女と出会って知ったのだ。
(花よりもきれいな人)
パンジーやプリムラではとても太刀打ちできない。
「ありがとう」
差し出されたミルクティーの缶を受け取って唯子はゆっくり立ち上がった。
顔の下半分をマフラーで覆った美登利は瞳だけで微笑んだ。
「寒いのにえらいね、唯子ちゃん」
「そりゃあ部長だし。私お花大好きだし」
缶で手を温めながら唯子は笑う。
「けっこうさ、他のみんなは花より野菜を育てようって派なんだよ。だから部で育てるのは野菜ばっかり」
「そういえば、そうだねえ」
「こんなに思い切り花畑を造れるなんて嬉しいよ。ほんとに」
うんうんと、頷きながら美登利は唯子の袖を引いて校内へと誘った。
「ここに置くベンチね、工芸部に頼んでおいたの、いくつかできあがってるっていうから見に行かない?」
「行く行く」
「唯子ちゃん」
昼休み、廊下の影からそっと名前を呼ばれた。声だけで誰だかわかる。
「ちょっといい?」
科学部の杉原直紀だ。唯子はこっくり頷いて彼のそばに行く。
「あのね、石の缶詰っていうのにね、入ってたんだ、これ」
杉原は唯子の手のひらにころんと小さな石を転がした。
「なにが入ってるのかもわからなくてね、開けてみたらこれが入ってたから嬉しくて。唯子ちゃんにあげなきゃと思って」