19-2.バケモノか

文字数 1,013文字

 はずだったが、スタートすると同時に事情が変わった。
 浜辺の砂利に足を取られてもたもたしている大勢を残して、安西はあっという間に階段を駆け上り防潮堤の上に姿を消した。
(マジか)
 度肝を抜かれたものの、正人の負けず嫌いに火が付いた。
(絶対追いつく!)
 ぐんと集団を抜け出して安西を追いかける。

「大丈夫かな、池崎くん。あんなんで最後までもつのかな」
 走るというより早歩きになりながら須藤恵がぽかんともらす。
 隣で小暮綾香は「はあっ」と大きくため息を吐き出した。



 走っても走っても追いつかない。防潮堤の上の一本道、安西の姿は視界から消えることはないが追いつく感じがまるでしない。
 やがて折り返し地点が見えて安西が方向転換したのがわかった。こっちへ向かって引き返してくる。
 すれ違いざまの安西はただただ前を向いていて、口元には楽しそうに笑みを浮かべているのが確認できた。
(バケモノか)

 正人も折り返し地点のコーンをぐるっとまわる。待機していた教師がペースを落とせと叫んでいたが、そんなつもりは毛頭ない。
 残りの半分は意地と根性と、自分でもよくわからない執念だけで走り続けた。

 ゴール地点が見えたときには頭が真っ白で耳鳴りまでしていたが、足だけは不思議と走ることを止めなかった。
 ゴールテープを潜り抜けると途端に気が抜けて視界が下がった。
 気がつけば晴天の青空だけが視界に広がって目にまぶしい。

「やあやあ、早いじゃないか、池崎くん」
 正人の視界に豚汁のお椀を抱えた安西が入ってきた。
「たいしたもんだよ、おつかれさま」
 何か言ってやりたかったが呼吸もままならずに声も出ない。

 後続の男子たちより先に女子生徒たちがちらほらゴールし始めた。その頃になってようやく立ち上がれた正人は後援会の炊き出し場所に向かう。
 そこではとっくにゴールしていたらしい美登利と和美と今日子が堤防の階段に腰かけてくつろいでいた。和美が真っ先に正人に気づく。

「大丈夫? 瀕死の魚みたいだったって聞いたけど」
「まったく歯が立たなかった」
 憮然とつぶやくと美登利があっけらかんと笑った。
「当然だよ、本気さえ出せば高校新記録を出せる男なんだから。だからあっちだって自分が勝ったときの条件なんて出さなかったでしょう」
 それでは自分はなんのためにたきつけられたというのか。
「ちょっとは本気になりたくなったんじゃないの? 煽ってほしかったんだよ」
「ぜんぜん煽れてもなかったけど」
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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