30-4.クセになる

文字数 983文字

 達彦は笑って肩を竦める。
「拒否るのってエネルギーがいるだろ、受け入れた方が早くすむ場合もある」
「それはできないなあ」
 ぽつりとつぶやいて巽はどこへともなく眼差しを投げかける。

「君って度量が大きいんだね」
 にこりと笑って見当違いなことを言われ顎がはずれるかと思った。
 こいつはやっぱりおかしい。




 書店に行きたくて駅前まで来た。バスのロータリーの端に巽の妹がいた。
 ひとりでぼんやりビルの街頭モニターを見上げている。
「オニイチャンを待ってるの?」
 視線が泳いで達彦を捉える。途端にくちびるが引き結ばれて硬い表情になった。

「巽だったら今日は遅くなるよ。聞いてないの?」
「村上達彦さん」
「うん」
「お兄ちゃんと仲良しなの?」
「そうだね、仲良くしてもらってるよ」
「お兄ちゃんのこと馬鹿にしてるくせに」
 なんだって?

「世間知らずの苦労もしてないお坊っちゃんがって馬鹿にしてるんでしょう。顔に書いてある」
 きつい眼差しが達彦を凝視している。
「あなたに見下されなきゃならない理由なんかない。お兄ちゃんに近づかないで」

 自分が息を止めていたことに気がついて、達彦はようやくのことで息を吐き出した。
 混乱していた。怒るべきか、笑って受け流すべきか。
「あのさ、君さ」

 取り敢えず口を開いたとき、達彦と彼女の間に同じ西城の制服を着た少年が割り込んできた。
「知ってる人?」
 達彦を警戒しながら彼女に訊く。
「お兄ちゃんのオトモダチ」
 固い表情のまま彼は軽く会釈して彼女を促した。
「行こ」
「さようなら、村上サン」
「……」
 なんなんだ、あのガキどもは。




「なんなの? 君の妹」
「うちのお姫様が何か?」
「えらいキツイこと言われた」
「それはごめんなさい。でも、あの子は間違ったことは言わないよ」
 その通りだ。図星だった。
 であるからこそ、あんな女の子に言われたくらいで引き下がる自分ではないのだ。

 三日に一度は巽について駅前まで一緒に下校する。
 すると待っていた彼女が不愉快そうな顔をする。
 美少女が露骨に眉をひそめる表情はそれはそれでクセになる。

「あ、中川くんと村上くんだ。おーい」
 女子生徒の集団に呼び止められた。気安く近づいてきた彼女たちは振っていた手をぴたりと止め、口元をこわばらせた。
「……」
 兄にぴったり抱き着いた美登利が針のような眼差しを彼女らに向けていたからだ。
「あ、えと、なんでもない」
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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