4-2.なついてしまっていて

文字数 964文字

「人気のない静かな場所とか、夏には涼しい、冬には暖かい場所とかすぐ思いつく?」
「え? ええ、まあ、他の人よりはたぶん」

 にこっと極上の笑顔になって美登利が彼の手を握る。
「君、一年生だよね。クラスと名前は?」
「一年四組の本多崇です……」
 こうして受難者がまたひとり……。




「ちょっと楽しみだったんだけどな、選挙」
「馬鹿言うな」
「水面下での鍔迫り合いの結果だな」
 いくらか静けさを取り戻した日の放課後。図書館に寄っていくという片瀬とはそこで別れ、池崎正人と森村拓己のふたりは昇降口に向かった。

「こんな時間に帰れるの久しぶりだね。ちょっと駅前まで行ってみる? たまにはさ」
「そうだな」
 あくびをかみ殺して靴を履いていると、同じ一年の小暮綾香と須藤恵がやって来た。

「珍しいね、帰り一緒になるなんて」
「ふたり電車通だっけ?」
「うん」
 連れ立って歩きながら会話している拓己と恵の様子を少し後ろから綾香がじっと見つめている。それを更に後ろから眺めながら正人は大きなあくびをした。

「あ、美登利さん」
 大通りに出てすぐの交差点で中川美登利がひとりで信号待ちしていた。 
「珍しいですね。帰り道で会うなんて」
「そうね。買い物がしたくて今日は早く出たから」
「どこ行くんですか?」
「本屋さんと、駅前のケーキ屋さんで季節の限定品が出てないかチェックして」

「先輩、甘いもの好きですか?」
「好きだよ。ケーキは見た目が大事かな。オペラってケーキ知ってる?」
「知ってます!」
「あの佇まい、美しいよねえ。ずーっと眺めていられる」
「ミルフィーユはどうですか」
「可愛いよねぇ。あれ、ぐちゃぐちゃにするのが好きなんだ」

 恵はすっかり美登利になついてしまっていて、拓己を差し置いて会話を弾ませている。それを後ろから綾香がじっと見ている。
 なにを思うでもなくその様子を眺めていた正人だったが、綾香が急に自分の方を見たのでびくっとしてしまう。
「……なに?」
 綾香は答えずにふいっと目線を戻す。

「池崎、僕らも本屋寄ってこうよ」
 書店のビルの入り口で拓己が呼んでいた。
「おれ、この辺見てるから」
 雑誌の新刊を眺めていると、後ろで他校の男子生徒がひそひそ話す声が聞こえた。

「青陵の中川美登利だ」
「美っ人だなあ」
 彼女は特設コーナーのハードカバー本を見ている。その姿を見て正人は気づく。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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