37-3.「ここって喫茶店だよね?」

文字数 1,144文字

 中川美登利の恐ろしいのは女性受けまでいいところだ。
「まったくここのマスター愛想がないでしょ。パフェは美味しいしボリュームあっていいけど一緒に飲むコーヒーがあれだし。美登利ちゃんがいてくれて良かったわ」
「よかったです」
「また別の友だち連れてくるわね」
「ありがとうございます」

 三つの言葉を使い分け、天使の笑顔を向けるだけで客がちょくちょく来るようになった。
 そうはいってもシャッター街に足を踏み入れかけた商店街のはずれという立地だ。やっぱり客の数などたかが知れている。
 まあ繁盛させる気などないからちょうどいいともいえた。

 毎日来るようになって美登利の方にもロータスについて発見があった。

「志岐さんちょっと。今うちの人がいなくてさ、白菜運んでもらえる?」
「いいっすよ」

「看板の蛍光灯切れちゃって」
「替えときますよ」

「知り合いが店舗のリフォームしたいって言うんだけど業者紹介してもらえますか?」
「連絡しとく」

「うちの外階段が壊れた!」
「溶接機持ってこい」

 とにかくいろいろな頼みごとをしに人がやって来る。

「ねーえ、タクマ。ここって喫茶店だよね?」
「おかげさまで」
「コーヒー注文するより雑用頼みに来る人のが多くない?」
「あん?」
 美登利がいるので煙草が吸えずに不機嫌そうな顔で志岐琢磨は片眉を上げた。




「やあ、中川。精が出るね」
 夜の市民体育館。トレーニングの後、自販機の前でシューズを履き替えていたら安西史弘に声をかけられた。彼とはこうして時々かち合う。
「推薦決まったってね」
「まあね」
「大学では真面目にやったら?」
「まあ、そのつもりだけど」
 安西はひょいと肩を竦めて自販機で水を買う。
「こないださ、池崎くんを見かけたよ」
「うん」
「彼、変わったね」
「そう?」
「面構えがさ」
「ふうん?」

「前にさ、おもしろいこと言われたんだよね。ボクはどんなときでも変わらないですねって」
「ははは」
「それってさ、自分は変わってくって自覚があったからかなって。そんときには悲愴感漂ってる感じだったけど、今はすごくいい感じだ。あれか、変化というより成長かな」
「成長ね」

 ふう、と美登利は空を見る。
「男の子はそうやって劇的に変われるときがあっていいよね」
「こっちから見れば女子だって劇的に変わって見えるときがあるよ」
「そうなの?」
 思いもしなかったふうに美登利は訊き返す。きょとんと安西は頷く。
「嘘なんかつかないさ」
 真顔で言った後ニヤリと笑う。
「君なんかはころころころころ変わりすぎて訳わからないけどね」

「それはすいませんね」
 ふうと息をついて目を閉じる。
「これでも精一杯頑張ってるんだけどな」
「誰だってそうさ。みんなもがいてる」
「あんたって、たまーに哲学的なこと言うよね」
 ある意味こいつも天才だ。美登利は思った。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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