15-4.鐘が鳴る

文字数 878文字

「僕の分も怒ってくれてるんだって思えば辻褄は合うのかな。こんなふうにね、僕は妹がかわいくて大好きで、あの子が存在するからこの世界だって素晴らしいと思うし、ここにいる君のことも愛しいと思える。本当だよ」

 ささやくその眼を見ればわかる。彼は本気でそんなふうに考えている。

「逆に言えばね、あの子がいない世界なら僕にはなんの意味もない」
 ゆっくりと立ち上がって彼は空を見上げた。
「あの子のいない天国より、あの子がいる地獄がいい。どこへだって行く、どこにだって堕ちる。……あの子が望めばだけどね」

「それならっ」
 地面に蹲ったまま亜紀子は顔を上げて叫ぶ。
「私も行きます! 地獄へだってどこへだって、あなたが行くところへ、私も」
 離れない、絶対に。

 彼は一瞬眉をひそめて亜紀子を見下ろし、そして腰を屈めてもう一度彼女に手を差し伸べた。
「君は変わった人だなあ」

 公園から仰ぎ見ることのできる教会の鐘楼で鐘が鳴る。その音を聞きながら亜紀子は頬を涙で濡らしたまま彼の手を握る。
 いざ、地獄への道行きを……。


   *   *   *


 時間を少しさかのぼったイブの夜の街。

 花屋で見かけたカップルが微笑ましくて、つい声をかけてしまっていた。 
「恋人に贈るなら、赤いバラだよね」
 女の子の顔を覗き込む。なんだ、子どもだ。赤い薔薇にはまだ早い。でも、と考え直す。

「君ら高校生だろ。どこの学校?」
「青陵です」
 後輩か。微笑んだだけで余計なことは言わずにおいた。

 花束を持って家路を急ぐ。
 母に贈ればきっと喜んでくれるだろう。人でなしの自分でも息子としてこれくらいのことはできる。
 本当は、あの子に会いたかったけれど。

(会いたい)
 きれいな顔にキスしたい。そしたら彼女は怒り狂って自分を悪し様に罵って、あの激しい瞳で見つめてくれるだろう。
 それならば、あの悪魔な兄貴に殺されたってかまわない。

 対岸のイルミネーションを眺めながら河原沿いの道を歩く。水面に映る月影に今夜は月が出ていることに気がつく。空を見上げる。
「会いたいなあ」
 白い息を吐き出しながら、村上達彦は月に向かってささやいた。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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