32-2.脱ぐのかっ

文字数 958文字

「今日はさすがに逃げないだろうから楽しみにしててね」
「え、ええ……」
 うわさの妹とついにご対面するのだ。亜紀子の心中は穏やかではない。鬼が出るか蛇が出るか、どんな妹なのか想像もつかない。

 急行の終着駅に到着する。
「ここから車だよ。従兄が迎えに来てくれるから」
 有名観光地だから駅にも人が多い。だがこれから向かうのは「ちょっと田舎」であるらしい。

 改札を抜けてすぐに巽はにこにこ亜紀子を見返った。
「あの子がいる」
 ドキドキしながら外を見る。
 行き交う観光客らの中に明らかに異質なものを亜紀子は見つけた。

 すらりとして姿勢がいい。強い日差しの中で手を翳してこちらを見ている。にっこり笑った姿はまさに南国のバラだ。
 髪が短くなっているが間違いない。再び会えることを夢にまで見た、
「女神様!!
 荷物を放り出してしがみついてきた亜紀子にさすがの美登利も固まった。




「じゃあ巽さんたち昨日着いたんだ」
「うん、今日は一緒に遊ばせてって先輩が」
 贅沢なことに磯の入り江の浜辺はプライベートビーチ状態だ。拓己が熱心に誘ってくれた理由がよくわかる。
「毎日海水浴なんて贅沢だよね」
 綾香と恵が波間に浮輪で浮いていると、中川美登利と白い帽子を被った女性が道路を下りてくるのが見えた。

 パラソルを準備していた拓己が振り返る。
「こっちにどうぞ」
「ありがとう。お弁当とアイス持ってきたよ」
「美登利さん泳ぎますか?」
「もちろん。久々に競争する?」
「いやいや」

「榊さん、暑かったら岩場の方が涼しいですよ」
「ええ、大丈夫」
 返事をしながら榊亜紀子は食い入るように美登利を凝視している。
 拓己と正人は思わず顔を見合わせたが、美登利は一晩で受け流す術を身に付けていた。

「池崎くん、あそこの岩まで競争する?」
「勝ったらなんかくれるの?」
「負けたら私の下僕だよ」
「おれは勝ったらって聞いたんだけど」
「海なし県の人に負けないし」

 言い返そうとした正人だったが、美登利が着ていたパーカーのファスナーを下ろし始めてぎょっとする。
(脱ぐのかっ)
 正人も拓己も目が釘付けだったが、亜紀子は更に目を爛々とさせてスケッチブックと鉛筆を構えている。ビキニの背中に涙を流さんばかりになっていたというのに、
「……」
 後から来た巽がぐいっとパーカーをもとに戻してファスナーを上げた。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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