34-3.だがもし、それでも
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「そうですよ。彼は度量が広くもないのに美登利さんといるために寛容であろうとして、失敗して、捻じれてひねくれて、自分でもわけのわからないことになってるんです。それでも逃げ出さないのは大したものです。それが彼の強さなんです」
――腹が据わってるというか、覚悟が決まってるというか。
「幼馴染というアドバンテージもあってやっぱり彼は最強です。あなたがあの人を求めるなら、そんな彼とも戦わなければなりません」
「……」
「以上のことから、あなたはやはり今のままでいた方がいいでしょう。まあ、頑張ってください」
すたすたとペントハウスの影に入って日傘を閉じる。そうしながらため息をつく。
話しすぎてしまった。あそこまで教えてしまったら彼が美登利の方へ来ることはないだろう。
だがもし、それでも、彼が彼女を選ぶのなら、それは本物だということ。
階段を下りると一番最初の踊り場で船岡和美が待っていた。
「坂野っちは池崎少年になにをさせたいのさ」
「カンフル剤になってもらいたいんです」
「どういうことさ?」
「もう長いこと一ノ瀬くんの一強状態が続いています」
互角に張り合えるはずだった宮前仁が戦線離脱し、澤村祐也も完全に後ろに下がってしまってから。
「別にそれだっていいんです。それで安定しているなら。でも彼も受験に専念しだして万全ではない。このままいけば進学して離れることになるわけですし。もう少し備えがなければ私も不安なんです。今のままでは何かの拍子に美登利さんは向こうへ行ってしまうかもしれない」
「向こうってなにさ」
「ついて行きたくてもついて行けないどこかです。あの人は目の隅でいつもそっちばかりを見ている」
「あたしにはわからない」
「私だって理解して話してるわけじゃないです。感覚ですよ、感覚」
「坂野っちがそんなこと言うなんて驚き」
「私だってあの人のことではこうなります。離れたくなんかないんです。だから池崎くんに期待するしかないんです。もしかしたら、一ノ瀬くんにもそういう考えがあるから傍観してるのかもしれない」
澤村祐也に対するのと同じように。
和美は眉間を寄せて額を押さえる。
「ねえ、これってなんの話さ、人が好きって話だよね。どうしてそんなに打算的で計算ずくなのさ。好きなら他の誰かを利用してもいいわけ?」
「強制はしてません、選ぶのは本人です。それに利用じゃなくて協力です。私は彼を買ってるんです。一ノ瀬くんに土をつけるのは彼かもしれない」