5-4.いつだって、妹を大切にしていて

文字数 988文字

 帰り道、公園の前でバスを降りたときに誠は宮前に訊いてみた。
「あったな、そんなこと。オレどうやってあんなとこから下りたんだ?」
 夕暮れ時を迎え薄暗くなった公園内には、もう誰もいない。

「ブランコ乗りながら中川がサンダル飛ばしてさ、頭に当たって大ゲンカになったやつ。あれ、誰だっけなあ」
「おまえ雲梯から落ちたことあっただろ」
「おまえだってシーソーから落ちて頭打っただろ」
「あれは……」
 言い返そうとして、誠はそのまま黙ってしまう。

「ああ。中川を庇ったんだよな。それであいつが大泣きしてさ、巽さんが飛んで来たんだ」
「うん……」
「大体なんかあったときには巽さんが助けてくれてさ。この人はヒーローだって、結構マジに思ってたかも」
 巽は。いつだって、妹を大切にしていて。

 西城の小学部に通っていた頃、美登利が熱を出したことがあった。その朝、一緒に登校した美登利の様子はいつもとなにも変わらず、誠は彼女が具合が悪いことに気づかなかった。

 級友たちと元気よく朝の挨拶を交わした後、日直当番だった美登利は細々と当番の仕事をこなし、二時間目の音楽では笛のテストでミスのない演奏を披露、次の体育の時間にはマット運動の模範演技を完璧にこなしてみせた。

 目に見えて変化があったのはその頃。おかしいと思った誠が近づいてみると、美登利は真っ赤な顔をしていて触るととてつもなく熱かった。

「大変だよ。早引きしないと。とにかく保健室行こう」
「やだ。早引きなんてめんどくさいもん。まだ当番の仕事だってあるし」
「それはぼくがやるから」

「そうだよ。今は帰って寝ることがおまえの仕事」
 中等部にいるはずの巽が来ていた。
「母さんに迎えに来てくれるよう電話した。担任の先生にも言ってあるから支度しておいで」
「でも」
「誠くんが心配してるよ」
 たしなめるように言われて美登利はじいっと誠の顔を見つめ、やがて素直に頷いた。

 その放課後、中川家を訪れてみたが美登利は眠っていたのでプリントだけ置いて帰った。
 次の日は美登利は朝から学校を休み、誠は宮前と一緒に学校帰りに見舞いに寄った。
 今度は美登利は起きていて、幸絵がむいてくれたリンゴを三人で食べた。

「この子ったら、熱っぽいのにどうして学校に行ったりするのかしら?」
「だって、自分でもわかんなかったんだもん」
「そうなのよね。お母さんもわからなかったもの。巽さんは気づいてたのにね」
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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