39-3.「好き」
文字数 1,046文字
「わかるんだ……」
驕りなんかじゃない。今も感じる。
本当は優しい、彼女の気遣いを。
なにが怖いの? なにが辛いの? なにを恐れてそんなふうなの。
「私は違う」
「先輩」
「あなたと私じゃ違いすぎる!」
顔をあげた彼女の瞳は濡れていた。
「私はおかしいから、わからないからあなたを傷つける。傷つけて歪めてしまう。あなたのそういう、正直でまっすぐなところが好きなのに」
はっと正人が目を瞠る。美登利は両手で顔を隠してまた俯いた。
「もう一度言って」
彼女は頭を振る。
「お願い」
「好き……」
正人は力づくで、でもゆっくりと彼女の手をはずさせる。
眉根を寄せて涙をこぼしながら美登利は彼を見る。
「好き」
「うん」
「でも違う、違う……」
「一ノ瀬さんがいるから?」
「そうだよ」
でもそれだけじゃない、と彼女は正人の手を振り払う。
「私は欲が深いからなんでも欲しがる。狡くて汚いから、あなたを好きだからってなにもしてあげられない。おかしくて歪んでるから必ずあなたを傷つける。誠だって……」
ぎゅっと手を握って美登利は涙を落としきる。
「小暮さんのところに戻って。あなたには彼女が合ってる」
「どうしてそんなこと言うんだ」
「私は誰かを幸せにしてあげられる女じゃない。あなたが好きだから言ってるの」
「勝手に人の幸せを決めつけるな!」
我慢できなくて正人は声を荒げた。
「他のことならなんだって従う、だけど自分の居場所は自分で決める! おれは……あなたがいなくちゃダメなんだ」
「……」
「ダメなんだ……」
日が暮れて風が冷たくなっていた。正人の手も、彼女の手も震えていた。
コートのポケットで美登利の携帯が鳴った。
「……ごめん……うん、戻るよ」
電話をかけてきたのは志岐琢磨のようだった。
「戻るね、さようなら」
「おれは諦めない」
もうなにを言ったらいいのかわからない。美登利は黙って背を向けた。
翌日から一週間以上も自分は寝込んでしまったらしい。自分ではよく覚えていない。母親が言うには深夜に発熱して呻いていたらしい。
夕方寒風に当たったせいだろうとは思うが、それにしたって弱すぎる。
熱でもうろうとしている間に入れ代わり立ち代わり皆が見舞いに来た。
「大丈夫ですか? 苦しいですか?」
「受験終わった後で良かったね」
泣きそうな顔の坂野今日子の隣で船岡和美は至極冷静だった。
宮前仁もやって来た。
「なに寝込んでんだよ、おまえ。弱っちくなったな」
本当だよ。相槌を打ちたかったが言葉にならなかった。