12-3.「悪い女に騙されちゃいそう」

文字数 959文字

「やるなあ、池崎くん」
「んー、すてき」
「いいなあ」
 きゃっきゃっと騒がれながら注目されて正人は赤くなる。
「や、だって。花もらって喜ばないやつはいないって、ここでさんざん、言ってたから」

 ぶっと美登利が吹き出して肩を震わせる。
「やだもう、なんなの、この素直な子」
 いっそ心配げに小宮山唯子がため息を吐き出す。
「悪い女に騙されちゃいそう」

「でもさー、あげたのが黄色のバラってのがねえ」
 ざーっと皆が引いた。
「ないない」
「ないわー」
「らしいといえばらしいけど」
「ねー」

 なにを言われているのかさっぱりわからない。
 固まっている正人を見て澤村祐也がくすっと笑った。
「僕はみどちゃんに黄色のチューリップをあげたことがあるよ」
 え、とやはり皆が固まる。
「私が黄色いのが可愛いって言ったから選んでくれたんだよね」
 美登利も微笑んで補足する。

 小宮山唯子がその横から言った。
「オランダのチューリップの伝説って知ってる?」
「どんなお話ですか?」
 園芸部の一年生が部長の話を促す。

「三人の騎士にプロポーズされた女の子がね、優しいあまりに誰のことも断れなくて、一人を選べなくて、花の女神さまにお願いして自分を花に変えてもらうの。その花がチューリップで三人の騎士は仲良くチューリップを育てましたっていう……あれ?」

 うっとりと語っていた唯子だったが、皆が黄色のバラの比でなく引いているのに気づいて首を傾げる。

「いや。それ、いい話か?」
 代表して和美が口を開く。
「誰も選べなくて花になるってどんだけ優柔不断? 男三人だって嬉しくないよね? 意味わからない」
「まあ、それは、生身の女の子がいいに決まってるよね」
 澤村がさらりと言ったのに「ほらほら」と和美は力を得る。
「花って奥が深いっすね」
 片瀬がぼそりとつぶやいて女性陣がどっと笑った。



 作業の後、ひとり先に戻っていく澤村祐也を正人は慌てて追いかけた。
「さっき、おれがいじられてたから話変えてくれたんですよね?」
 階段を下りていた澤村は踊り場で振り返って正人を見上げる。
「君は花言葉なんて思いもしないみたいだったから」

「花言葉」
「黄色いバラは、嫉妬とか、恋に飽きたって意味があるから、女の子は嫌うみたいだね」
「え」
「みどちゃんが言ってたよね。好きな花をあげて喜んでもらえたならそれでいいんだよ」
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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