1-4.「前代未聞だ!」

文字数 916文字

「もう、すっごい度胸」
「居眠りに度胸は関係ないって言いそうだよ、彼」
 湯呑のふちを指でなぞりながら美登利がくすくす笑う。

「あれ? 美登利さん、ツボってる?」
「うーん、そうかも」
「ジェラシーだな、それは」
 言うだけ言って船岡和美は立ち上がった。
「あたし部活のほう行こうっと」

 和美が勢いよく中央委員会室を飛び出すのと入れ違いに、風紀委員長の綾小路がやって来た。
「一年生の名簿だ。先にこっちでピックアップさせてもらった。残りは好きにしてくれ」
「ん」

 差し出された名簿を受け取ってページを繰りながらも、美登利はあまり気が向かない様子だ。
「うちは有志の子が入ってくれればそれでいいかな」

「池崎少年は?」
 のんびりと誠が言うのに綾小路の瞳が吊り上がる。
「彼を入れるのか?」
「うーん」
「まあ、おまえさんの好きにすればいいが」
 坂野今日子がお茶を淹れようとするのを制して綾小路が出ていく。

 入れ違いに、今度はおそるおそる森村拓己が顔を出した。
「あのー」
「拓己くん。いらっしゃい」
 ぺこりとお辞儀をして森村拓己は片瀬と並んで美登利の向かいに座った。

「こっちは一組の片瀬です。中等部からの内進組で……」
「知ってるよ。片瀬修一くん。入学試験の成績すごく良かったね」
「ありがとうございます」
「ふたりともうちに入ってくれるの?」
 満面の笑みを浮かべる美登利の横から坂野今日子が名簿とボールペンを差し出した。




 翌日から風紀委員会による朝の登校チェックが本格的に始まった。
 時間ぎりぎりに校門をすり抜けた池崎正人は、風紀委員の輪の中に銀縁メガネの男子生徒を見つける。委員長と呼びかけられている。

 通常授業が始まり、五月の体育祭に向けクラスでの話し合いまで行われるようになる。高校というところは滅茶苦茶に慌しい。
 正人の緊張の糸がぷつりと切れた。



「一週間だぞ! 一週間! 毎日!」
 かつてないほど綾小路が怒っている。
「一週間遅刻続きの新入生など前代未聞だ!」
「まあまあ、落ち着こうよ」
 のんびりと茶をすすっている一ノ瀬誠をぎろりと睨み、ふーっと肩で息をついて綾小路は自分も一口お茶を飲んだ。
 トーンダウンしつつも苦々しく吐き出す。
「寮長に厳重注意するべきでは?」
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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