18-3.もはや目も当てられない

文字数 1,041文字

「そうかもしれないけど、私たちはまだ、ふわふわしてたっていいんじゃないかな。理想ばっかり見てたっていいんじゃないかな。だってまだ高校生だよ。夢見てたっていいんじゃないかな」
「うん……」

 丸い瞳を瞬かせて杉原はまだ心配そうに言う。
「でも僕なんかさ、いつまでもふらふらしてたら、どうしよう」
「大丈夫だよ、そしたら私がカーチャみたいに迎えに行ってあげる」
「うん」
 曇りが晴れたように杉原がにこりとする。唯子も笑ってもう一度強く彼の手を握りしめた。




 帰り道の途中で。商店街のファーストフードで小暮綾香はテーブルに突っ伏している。二人掛けの小さなテーブルなので恵はシェイクとハンバーガーをずっと手に持っていなければならなかった。
(やれやれ)
 須藤恵は気づかれないよう静かにため息をつく。

 池崎正人のことになると綾香はいつもこんな感じだ。今まで強気に恋してきた綾香が正人には及び腰になる。
 ほんとうの恋というのは恐ろしいものだ。他人事のように恵は思う。

「やっぱり好きじゃないんだ」
 突っ伏した腕の間からくぐもった声が聞こえてきて恵はまたか、と眉を寄せる。
「やっと手を握ったんだよ。それだけでなんにも先に進まない。どうして」

 ぷっと吹き出す声が背後のテーブルから聞こえてきた。
 恵は身を固くして恐る恐る背の高い衝立の向こうを覗いてみる。

 隣の四人掛けのテーブルで、船岡和美が肩を震わせて手で口を押えていた。隣でたしなめるように坂野今日子が和美の腕をぶっている。
 その向かいでは中川美登利が目を伏せてシェイクを飲んでいた。

 綾香がいちばん聞かれたくなかっただろう人たちに聞かれてしまったわけである。もはや目も当てられない。

「まあまあ、そんな顔しないで須藤ちゃん」
「笑っておいてよく言いますね」
「だってさ、かわいいんだもん。なにもしてこないから好きじゃないって? そういうことでしょ」

 綾香は突っ伏したまま微動だにしない。それは顔を上げられるわけないだろう。恥ずかしいに決まってる。
 恵は一人でこのクセモノな先輩たちの相手をすることに決めてシェイクとハンバーガーを持って隣の席に移った。

「じゃあ、どう思いますか? 先輩は」
「どうもこうも池崎少年だよ? カノジョの気持ちなんてなにも考えてないに決まってる」
「どう見ても恋愛音痴でしょう、あれは」
「でも、お誕生日にバラなんかくれちゃうんですよ? わたしそれ聞いたときには鳥肌立ちました」
「確かに、確かに。そんで告白されたりしたら私だってうひゃあってなる」
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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